「おーさすがパトリックのメンテナンス、超滑り心地いいなぁー」

 今日は一日執務室でお留守番なので、大量にお菓子を買い込んでギルベルトさんとおやつパーティーとしゃれこむと決めて、意気揚々と満杯になった紙袋を抱きしめる。シャーッと軽快な音を立てているのは先日パトリックから受け取って放置していた愛用のローラースケート。久々の走行についスピードが出てしまう。そして数分後に思うのだ。……もうちょっと遅く走っていたら遭遇しなかったのに、と。
 ふとポケットから感じるバイブレーションで携帯に目を向ける。スティーブンからだ。本文を見ようとタップした瞬間、何か大きなものにつま先が当たり、大きくバランスを崩す。視界の先にいた”彼”に今の状況を納得しつつなんとか立て直したが、今の衝撃で車輪がイカれてしまったのか回りが悪い。これではまたメンテにださなくてはいけないと大きくため息を吐いた。

「今の私のため息ちゃんと届きましたか?エイブラムスさん」
「何?ため息なんて聞こえなかったがどうかしたのかナマエ!」
「やめてやめてこっち来ないでください」
「オメーエイブラムスさんに露骨すぎんだろ」
「いやザップも今数歩下がったよね?っていうかざっくり刺さってますけど」
「本当だ、ザップ!大丈夫か?!!ったく相変わらず物騒な街だ」

 命がいくつあっても足らん!!と叫ぶエイブラムスさんに、きっとザップも内心お前の所為だよと突っ込んだことだろう。私は今更しても遅い後悔を深く深くしたのだった。





「おうおうっ元気にしてたか穀潰し共!!!」
「あー……ナマエ悪い、遅かったか?」
「あと30秒早ければ遅くなかったかな。」
「なんだい、機嫌が悪いじゃないか」
「直したばっかのスケートがまたブチ壊れたんだそうっすよ。」
「ああなるほど。ってザップもレオもなかなかの怪我だな、どうしたんだ?」
「「それ聞くなよ。」」

 ザップと程よくハモったところでエイブラムスさんがレオくんを診てあげて欲しいと申し出た。当たったのが目元なだけに、義眼の方が心配だ。

「神々の義眼って物理的な傷は大丈夫なのかな?お兄ちゃん」
「どうだろうか……前例がないだけになんとも言えないな」
「なんと、あの少年は義眼所有者なのかクラウス、ナマエ?!!」
「ほ、本人に聞いてみては?エイブラムスさん」
「そうだな!おいおいレオナルドくん!!君『神々の義眼』所有者だったのか!!」

 先に言えだの義眼の為に腕一本犠牲にしろだのとんでもストレートな発言をレオにぶちかます様子をみて、レオくん以外のライブラメンバーはつい苦笑がもれてしまった。ふとギルベルトさんに呼ばれてキッチンの方へ向かうと、お茶菓子を出すから手伝って欲しいという。いつも一人で何でもこなしてしまうのに珍しいなと思いつつ、頼られた嬉しさで私は横に揺れながらドーナツを小分けにしていった。





「……平和だ。とっても平和だ。特に心が平和だ。」
「エイブラムス様もお出かけになられましたからね」
「!……ふふっ、ギルベルトさんの毒舌は珍しいなぁ」

 あの後お茶を持って行ったらうずくまるレオくんの姿があった。話に寄ると義眼が暴走状態に陥ってしまったらしい。エイブラムスさんが「行くなら今しかないぞ!!!」と言ってレオくんを連れ、加えてザップとお兄ちゃんはその後を追って行き(逝き、の方が近い気もする。)今この場には自称腹痛のスティーブンさんと私、ギルベルトさんしかいない。

「それにしてもナマエ様もなかなかの強運でらっしゃいますね」
「え、私?」
「言われてみればそうだなぁ。ザップとレオはあれだけの怪我をしてたのに、身体的には傷一つつかなかったわけだもんな」
「んー…距離の問題と、精神的に傷は付いてるかも?」

 ちらりと部屋の隅に置かれたスケートを見る。はあ、と出かけたため息をドーナツで押さえ込む。うん、おいしい。並んで買った甲斐があった。しばらくギルベルトさんとのティータイムを楽しんでいると、けたたましい音で電話が鳴りだした。お兄ちゃんのデスクだ。私はソファを踏み越えて電話に出る。エマージェンシーエマージェンシー、出動だ。

「ギルベルトさん!お兄ちゃんたちには」
「連絡致しました。さあ私たちも向かいましょう」
「K・Kとチェインも現地に向かうと言っていた。俺たちも向かおう」

 もしかして昨日の嫌な予感はこれのことだったのだろうか。エルダー級の血界の眷属。お兄ちゃんが来るまでを、今いる私たちだけで凌がなければいけないなんて。今日は流石に私も後衛ばかりとは言ってられない。手袋越しに触れた銃器はとても冷たく感じるのは、どうして?





「チェイン!K・K!」
「ナマエ!……顔色、悪いよ?大丈夫?」
「ごめんねチェイン、大丈夫だよ」

 心配してくれてありがとうと伝えると、チェインは顔をしかめてしばらく、無理しちゃだめよとだけ零した。吸血鬼は地下鉄の中にいるらしく、ギルベルトさんに別れを告げ、私たちは階段を降りて行った。屍喰らい化した機動装甲警官隊がうじゃうじゃいる光景にひきつった声を短く上げればスターフェイズさんにかばうように肩を引かれる。時が来るまで前に出てはいけないよ、いいね?と子ども扱いされて素直に数歩下がる。いつもなら反発するところだけど、相手が初めてのエルダー級で緊張しきった今はとても有り難い。
 少し先を歩くK・Kのヒール音が消えた。顔を上げるととても吸血鬼にみえない美しい女性とチャラい男性の姿。視界にとらえた瞬間、心臓がどくりと波打つ。緊張?そんなもんじゃない。これは……何だ?

「4分もたすぞ」
「アタシに命令しないで」
「クラウスが来る前に周囲の障害を全て排除する」
「あったり前でしょ」
「ナマエ、」
「な、なに?スティーブンさん」
「……君はそこから動かなくて良い。君が動き出すのは、僕らが止まったときだけだ」
「スティ、」

 名を呼び終える前に始まる戦いの爆音。私が動き出すのは、二人が止まった時だけ。それって。私は隠れてチェインが回しているビデオカメラに向かって思わず叫びそうになった。なんて情けないんだ、私。
(早く、早く来てザップ……!!!)





 こんなヤツが他にもたくさんいるなんて。未だかつて見たことの無い死闘に僕は思わず息を飲んだ。隣にいたはずのザップさんは先頭車両で運転士を脅しにかかっている。無理も無い。先ほど一瞬だけ映ったナマエさんは、こちらに何かを懇願するように泣いていたのだから。数両先から聞こえた「ックショウ!!!もっと早くできねーのかよタコ!!!」という悲痛な声と、目の前でバキバキに歪んだスマートフォンを見て、僕もなんだか泣きそうになった。

「もっと早くできねーのかよ?!!」
「いやいやいやこれでも規定の速度は大幅オーバーしてるんでスヨ?!!」
「規定なんちゃらは聞いてねーんだよこの堅物が出せる最高速度だせって言ってンだよ!!!」
「ひゃあああああああ!!!切らないで!切らないデヨ!!!」
「切られたくなきゃ速度上げやがれ!!!約束したんだよ守ってやるって!!!!!」





 私は現実逃避しそうになる思考と視界を必死に前に向けた。瞬間交わる視線。ざわついて仕方の無い気持ちをなんとか抑えて指先まで神経を集中させる。すーはー。「次は貴方かしら?バンビーナ」「お手柔らかに、ベッラドンナ(美人さん)」残り時間はすでに1分を切っている。既に輸血も開始しているから、私が持たせるべきなのは30秒。30秒持てばなんとかなるはずだ。ふと相手の殺気が消えて、射撃の構えを緩めかける。

「あら、貴方……どうしてそちら側にいるの?」
「どういうこと?」
「だって貴方、同胞の、吸血鬼の匂いがするわ?
「……え?」

 同胞?吸血鬼と?緊張と不安と貧血でとうとう頭がおかしくなったのだろうか。いや、まって、嘘。嘘だ、そんなわけない。だって、だって私は……

「あら、もしかして自分のことなのに知らなかったのかしら?バンビーナが相手してくれないからつまらないわぁ。なんかがっかり。さっきの二人、対『血界の眷属』特化型人間兵器と聞いていたけど……あと一歩よね。私たちは何をされようが、その瞬間から復活は始まっているの。ただ回復を遅らせてるだけの行為に意味なんてあるのかし「あるさ、意味なら」
「スティーブンさん!!まだ起きちゃ……」
「ナマエいいんだ。いいかい化け物のお嬢さん。千年かかろうが千五百年かかろうが、人類は必ず君たちに追いつく。不死者を死なせるという矛盾を御する日がきっと来る」

 ふと聴覚をかすめた音に耳を澄ませる。―――間に合った、間に合ったんだ。私は安堵で立てなくなりそうな自分を奮い立てて、到着するその瞬間までなんとか生き延びようと足に力を入れた。

「これは大いなる時間稼ぎだ。だがその時間稼ぎの中に……今。エルダー級に届く牙があるとしたら、どうする?」
「ブレングリード流血闘術、推して参る」

 瞬間、ホームにはまばゆい程の光が大きな車体とともに突入して来た。間に合った、今度こそ間に合ったのだ。私は何もしてない筈なのに、どっと疲れた身体が一気に脱力して床に頭を激突させた。するとザップが私の名前を連呼しながら駆け寄ってくる。

「ナマエ大丈夫か?!!」
「へへ……何もしてないから大丈夫なんだなぁこれが」
「バァカ何言ってンだ!!普段ほとんど戦わねーやつが突然エルダー級と対峙して無事な訳ねーだろ!!精神的に!!!」
「ザップ、」
「……あンだよ」
「間に合ってくれて……ううん、最初に私に駆け寄ってくれてありがとう」
「……ヘッ、あったりめーよ。」

 いつのまにか泣いていた私の頬にキスを落としたザップもまた、とても泣きそうにも見えるし愛おしそうにも見えるという、とても複雑な顔をしていたのは、しばらく忘れられそうにないかもしれない。

苦しいだけの価値はあるね

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