執務室のドアの前で踏み込むか否かで俺の思考は振り子のように揺れていた。入ったら自分の身がどうなるのか分かっているだけになかなかドアノブに手をかけることが出来ない。

「あれ、ザップさん何してるんですか?」
「どわああああああああ?!!……って陰毛頭かよ、驚かせんな」

 突然開いたドアに声を上げるとは我ながら情けねぇ。つまりそれ程今の俺はらしくねーほどビビってるっつーこった。予想に反してレオが顔を出したことで少しだけ安堵した俺は伺うように執務室を覗いた。

「……番頭いねーのかそーか」
「え?スティーブンさんなら」
「お前の後ろだよこの大バカ者」
「ひ、」

 ぎゃあああああああ!!!という悲鳴は俺の背後にいたスティーブンさんが、俺らを執務室に押し込んだ事で廊下から消えていった。





 スティーブンさんの話によるとこの大バカ者ことSS野郎ザップさんは、あれだけ用心するように言われていたにも関わらず、ナマエに自身の血を半強制的に飲ませたらしい。
 確かにあの時の彼女は良いと言える顔色では無かったし、解散後のザップさんの様子もなんだかおかしいとは思ったけど、まさか知らぬ所でそんなことをやらかしてたなんて、

「本当にSS先輩ですね貴方」
「……るっせーな、好いた女を楽にさせて何がワリーんだよ」
「ワリーからお前を説教しに呼んだんだろうザップ」

 そうスティーブンさんに言われたザップさんは、一瞬しょぼくれた顔をした後に何故か真っ赤な顔になるから意味がわからない。俺はクエスチョンマークが頭上から消えなかったけど、スティーブンさんは理解したのか侮蔑した目でザップさんを見ている。

「一度飲ませた以上は責任を持って定期的に飲ませるんだな。その方が彼女の身体にとっても良いだろ」
「継続的に飲ませても大丈夫なんでしょうか?」
「良い指摘だなレオ。確かに前例がないだけに不安は残るが、あの顔色を考えるとゼロというのも厳しいだろ。まあ、ザップが平常心で居られるかの問題だな」
「……それってどういうことっすか」
「ザップお前、俺の忠告だけじゃなく自分で言ったことも忘れたのか?玄関口なんかで叫んだから表にもよーく聞こえたぞ?」

 その言葉を聞いて俺はああ、と何のことを言っているのか納得してしまった。
 ナマエさんの部屋を出て解散してしばらく、彼女の部屋の方から馬鹿でかい声で聞こえたザップさんの声。襲いそうだなんて、普通大きな声で言わないだろ。その場にいたライブラメンバー全員がツッこんだのは記憶に新しい。
 ザップさんもまた思い当たることがあったのか、顔を真っ赤にさせたり真っ青にさせたりと忙しない。

「あいつの舐め取り方がエロいのが悪いんですよ。俺付き合い始めてから一切ヤってないんすから」
「誰もお前の性生活の話なんか聞きたくないよ。まあ彼女とよく相談して決めることだな」

 以上だ。と言って立ち上がったスティーブンさんはギルベルトさんに何か伝えてから執務室を後にした。俺は暫く様子を伺っていると、昨日ナマエが受け取っていたものと同じサプリメントのビンをギルベルトさんがザップさんに渡していた。
 ……ん?もしかしてこうなることは予測されていた?それとも元々こうするつもりだった?ともあれスティーブンさんの見え無い心理に少しゾッとした。





「アイツのこと襲わねーようにヤリ部屋行ってから行きてぇ」
「アンタ本当に最低だな」

 ランブレッタを走らせているザップさんは相も変わらず往生際が悪いというか、さっきからずっとこんな調子だ。まあこの人にしては珍しく自分の行いを反省しているようなのであまり俺から言わないけど。抱えた籠にはナマエが大好きだという桃がいくつかと、先ほど受け取ったサプリメントが放り込まれている。良い香りにソニックが頬ずりするのを制止して、ひとつ手に取ってみる。金欠のザップさんにしては高い買い物だったから隣で見ていてかなり驚いたのは言うまでもない。

「あー着いちまったよぉ……レオぉ行きたくねーよぉ……」
「え?生きたくないですか?どうぞどうぞ」
「お前あとでギッシギシに泣かすかんな!!!」

 そういって合鍵を取り出したザップさんがドアノブに手をかけると、不審な顔をした。どうかしたんスか?と聞いてみれば一言、開いてる。とだけ返って来た。
 ナマエの家はワンルームのわりに広くて、廊下を少し進んだところにベッドルームがある。俺とザップさんは抜き足差し足でそうっと部屋の様子を伺うと、何故か泣いている家主とチェインさんの姿があった。

「そんなことないよナマエ。言ってたじゃない、ほとんどは人間で構成された身体だって」
「っでも!まだ未知なことも多いって言ってたじゃない!みんなより長く生きるのかなとか、本物の吸血鬼になっちゃうのかなとか……考えたくないのに考えてる自分がいるの」
「……ナマエやっぱり悩んでたんですねザップさん…ってザップさん?!!」
「お前なぁ……そんなことでちんたら悩んでんじゃねーよ」
「ザップ?」
「ちょっとクソモンキー誰の所為だと思って、」

 俺の制止も聞かずにベッドルームに踏み込んでいったザップさんは、さっきまでの往生際の悪さを全く感じさせない足取りだった。チェインさんの発言は恐らく、血の飲んだことがきっかけで悩みだしたというのとなのだろう。

「おめぇなんで長生きするのが嫌なんだよ」
「……皆に置いてかれるのは嫌。ザップに置いてかれるのはもっと嫌!!」
「じゃあ殺してやるよ」
「ちょっと猿……!!」
「俺が死ぬとき、お前のことも一緒に殺してやるよ」

 それでいいだろ。そういったザップさんはナマエの否応を聞く気なんか全くなくて、さらには周りに俺とチェインさんがいることなんてお構いなしにナマエに深いキスをお見舞いしていた。見慣れない光景につい目がじり、と焼けそうになる。しばらくして離れたナマエの顔はなかなかすごいもので、口元には見慣れない八重歯と一筋の血が流れていて、けれどその表情は立派なたったひとりの恋する女の子のものだったと俺は思うよ。

(人前でキスするとかサイテー。やっぱりクソモンキーね)
(一個一個クソとかつけんな丁寧かよ!!!)

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