「ぅええんれおぉ〜〜〜」
「あーあーあーもーー……」
あれ?俺なんでこんなことになってるんだろう。意味わかんないな。
時は遡ること2時間前。『久々に遊びに来てください』とマスターさんから連絡を貰って俺はナマエのバイト先に向かっていた。今日は俺一人だからHLにしては安全な道を選んで向かう。結局遠回りに遠回りを重ねて2時間かかったってわけだ。あー歩いて疲れたし飲み物頼もうかなーなんて能天気な考えを浮かべてラスト数メートルを軽快に走ってお店に飛び込んだら冒頭のザマだ。一体これはどういうことだ。
「ああレオナルドくん来たね。カウンターに座って」
「いや座りたいのは山々なんスけど、マスターが指してる席思っくそ飲みつぶれたのか顔伏せて泣き喚くナマエの隣ッスよね。ちょっとご遠慮願いたいなァなんて……」
「酷いよおぉれおおいでよおぉ!!ていうか来いよおぉ!!!」
「泣き上戸かよ!!!だから飲み会でも酒一滴も飲んでなかったのかっつーか自覚あるなら何故!何故今飲んじゃったのかな?!!」
ヤケ酒だよ。そう言い放ったナマエは完全にシラフで、数秒前とは余りにも酷い落差だった。その所為か演技かよ!というツッコミもなんで泣いてるの。という声かけも忘れた。というか飲み込んでしまって出てこなかった。呆気に取られた俺をスルーしてナマエはマスターに「ロゼ、レオに。」と淡々と告げた。ことん、とグラスが置かれた音で我に返った俺はマスターにどういうことっすかと訊いた。
「本当なら午後からシフト入ってたんだけどねぇ。こんな調子だからお持ち帰りして貰おうと思ってね」
「面倒事押し付けただけ!!!いやいやこういう時こそザップさん呼びましょうよ」
彼は酔っ払いだろうが何だろうが襲うから駄目。とマスターは笑いながら回答した。あ、これ1番の呼んだ理由じゃないな。俺は頂いたグラスを傾けてひと口だけ口に含む。あ、美味しい。置き直したグラスの横ではピーナッツの殻に奮闘するソニック。ほら、と受け取って割ってやると、中の身をふたつ、両手に持って嬉しそうだ。すぐに食べるのかと思っていたら、ひとつだけを口に含んでもうひとつは両手で大切そうに抱えてとてとてと歩き出した。
「ソニック?」
「キィ、」
その距離は1メートルにも満たない。これ食べて元気を出せとでも言いたげな顔で、ナマエさんに向けてピーナッツを高々とあげているではないか。その姿に背中を押されるように、俺は先程飲み込んだ言葉を再度口に含んだ。
「愚痴、あるなら聞くけど?」
あ、マスターが呼んだ理由ってこれか。
クソみてぇに弱ぇチンピラをばったばった切り捨てながら、見馴れた路地裏を進む。あーやっぱランブレッタで来りゃ良かったなー。でもあのマスターが歩きで来いってわざわざメールして来るんだもんなー。怖いなー怖いなー。そんな思ってもいないことを頭に浮かべてたら、これまた見馴れた店の前に辿り着いた。ひとつギモンなのは、扉にかかった「CLOSED」と書かれた板切れだけだ。まあ呼ばれたわけだし問題ねーだろ。俺は構わずドアノブを回した。ちりん、となった音に反応してマスターがこっちを向いた。そして彼の前のカウンターには何故か渋い顔をしたレオと完全に突っ伏してるナマエの姿が。俺はナマエの隣に着席していつもの、とだけ伝えてレオに訊いた。
「こりゃあ何事だクソ陰毛」
「クソ陰毛じゃないけどお答えしましょう。年頃女子の恋愛相談コーナーです」
「ハッ。どぉーせドグ・ハマーのこったろ。こいつも大概馬鹿だな」
「そーですね。けど、そういう所に惚れてるんじゃないんですか?」
「………あァ?どーいうこった」
「いや言葉の意味まんまですけど……」
眉をひそめてオロオロするレオの言葉を遮るかのように、マスターが出来立てのカクテルを差し出してくる。それを俺が揺らせば、いつもと変わらない煌めきがグラスの中にあった。
「ナマエさんは不器用な方ですからねぇ。優しさも、度を越えればその命を落とす原因になりかねないと……あれだけ教えたと言うのに」
「え?教えた?それってどう言う」
「ああレオナルドさんにはお話してなかったですね」
「マスターは元ライブラだ。それもかなりの腕前だったぜ」
「それももう昔の話ですよ。今じゃ1人で10分も立てない、足の悪いジジイですから」
カウンターから出てきたマスターは、そう言ってスボンを捲ってかつての痛々しいでは筆舌しがたい大きな傷をレオに見せた。二人のやり取りを横目に葉巻をふかした俺は、少しの間過去の記憶を想起した。マスターはナマエを庇ってあの傷を負った。……本来あの戦いでアイツを守るのは、俺の仕事だったんだ。
僕がもう少し強かったなら君に愛を誓えるのかな