倉庫内にはずぶり、と目に見えない何かが身体を貫く生々しく音が響いた。ナマエは痛みにぐっと下唇を噛んだが決して叫ぶことはなかった。俺は何度も「先に逃げろ」と言ったのに、結局こいつは逃げなかった。貫かれてなおブラッディ・バンクを発動しているのか、アイツの口元からは吐き出された血が次から次へと溢れて来た。床は恐ろしい程に真っ赤だ。普通の人間なら死んでるような量じゃないのか。

「…痛いじゃない、さっさと抜いてよこの刀・・・
「なっ、ナマエテメー相手が見えてンのか?!!」
「見えるねぇ。腹立つ不細工顔がよーく、ねっ!!」

突然振り上げたナマエの足は相手にクリーンヒットしたのか、宙から解放されて俺の側に来た。床に落としていたジッポを俺の手のひらを確かめるように渡して来た。受け取って自身の周囲に火を放つと、つないでいた「何か」をたどって敵にも燃え移りその姿があらわになる。簡単に形容するならば、それはクモの糸。そして相手の姿はクモと不気味さはなんら相違ない、クモ男。

「…はっ、っは、」
「!おい大丈夫かよ、顔真っ青じゃねーか」
「ごめ、へいき……」

よろけたナマエを抱きとめれば、その身体はかなり冷えきっていた。顔色もかなり良くない。俺は舌打ちをひとつ鳴らして、姿が丸見えの敵に切り掛かった。見えてしまえばこちらのもの。相手はあっけないほど一瞬で床に伏していった。俺は敵が動かないのを確認してから安堵の息を漏らす。その一瞬の気のゆるみがまずかった。

「っ、ザップ!!!」
「なっ、」

ぱぁん!と鳴り響いた発砲音。胸倉を突然掴まれたことで俺まで床に伏してしまってその音源をすぐには確認出来ない。そして背後で今度は男の唸るような声と、悲痛に叫ぶ声がした。顔をあげれば俺の背後を見て今にも泣きそうなナマエ。俺は目を疑った。

「師匠っ!どうして……っ!!!」
「いやあ、あはは…私もなかなか年を取ったもんだな……こんな玉もさばくどころか避けきれないとは」
「師匠、足が……」

ナマエの視線の先には、脳天を打たれて死んだクモ男と、膝を抱えて座り込むマスターの姿があった。マスターだったらかわせたはずなのに何故?そう思ってすぐ気づいた。マスターが受けなきゃナマエが死んでたんだ。本当なら俺が守るはずだったのに。守る?何故だ?任務だからか?いや違う。そんな陳腐な理由じゃねぇ。俺がコイツを守りてぇと思う理由は………





「……さん、…ップさ………ザップさん!」
「!あ、おう、なんだクソ陰毛」
「だから陰毛じゃねーですって。どーしたんですか?そんなぼーっとしちゃって。マスターが晩飯出してくださるそうですよ。何にします?」
「レオナルドくんは決まりましたか?」
「あ、僕ボロネーゼがいいです!」

俺は目の前のグラスを一気に煽って同じの。と端的に伝えた。マスターは物知り顔でこちらに向かって微笑んでいる。あーもー何なんスか!いやあ若者が物思いに耽る姿も悪くないなぁと思いましてね。…後悔してねーんですか?いいえ、この街に店を構えてとても楽しい毎日ですよ。

「だから、たくさん食べて、私の分も頑張ってくださいな」
「……おー。」
「んむぅ……あれ?」
「おはよう私の可愛い馬鹿弟子。もう夜ですよ」
「げ、すいません……」
「あとでお二人の皿洗いとデザートの準備、お願いしますね」
「……はーい。二人とも、デザートはパンナコッタとゼリーどっちが良い?」
「あー俺お前からのあまーいキスがいいなぁ」
「うわザップさんくさい科白ですね」
「馬鹿いってないでホラ、どっちか決めてよもう!」

そういって笑う笑顔は、確かにあの日、マスターが守ったものだった。そして、この感情は確かにあの日生まれたものだ。(あー……やっぱコイツのこと好きだわぁ……。)(何にやけてるんです?)(うっせ陰毛!!)

生まれた日の記憶

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