「はあぁ〜〜〜……」
ひと1人いない執務室に気が緩み、思わず大きな溜め息が出る。自身が考えていた以上に彼女は演技派だったようだ。強かなのは確かだが、一方で一度入ったヒビは一気に心を砕いてゆく。そのくせ弱さを隠すのが上手すぎる。だからまさか目の前であんなに泣かれるとはつゆ程にも思っていなかった。完全な俺の配慮不足だ。
ふと顔を上げると、いつの間にか戻っていた彼は俺の溜め息が聞こえていたのか、苦味を含んだ笑みのまま、向かいのソファに座った。
「……ナマエは?」
「泣き疲れたようで自室でぐっすり眠ってらっしゃいます。ここ暫く寝不足が続いていたようですから、余計にかと」
ギルベルトさんの言葉に再び溜め息が出る。今度は安堵のそれだ。
「ナマエ様の心中を、我々ははかりかねます。なんせ同じ存在になどなれないのですから」
「俺は、何と問えば正解だったのかな」
「正解なんてありませんよ、スティーブン様」
確信を持った声色に目を見開く。俺よりも余程ナマエを見守ってきたであろう彼の言葉には、確かな重みがあった。
ナマエは、相手が俺だったから「母を殺した」と言ったし、他に彼がいたから泣く事が出来たのだろう。彼女は相手を選んで言葉を紡ぐ。きっとザップを同席させたなら、また別の回答が返ってきただろう。しかし、弱さを漏らすことは無く、今回のようにある種のガス抜きをすることを難しかったと思えば、ひとつの答えだったのかもしれない。
「さて、話し損ねたこれはどうするかなぁ……」
机の上に置いてある紙には既にザップと俺、そして下書きの状態でクラウスのサインが書かれている。残るはナマエのサイン欄だけ。項目は、"Wife"。
『後生のお願いだ!これにサインしてくれよ!!』
『ザップお前これは……』
『私はナマエが書くまで書かぬ!』
『下書きだけでも頼むよ旦那ァ!!』
突如渡された婚姻届にクラウスは気絶寸前だったし、俺は俺で持っていたマグカップを落としかけたし、聞いていたレオ達は後ろで阿鼻叫喚の様子だった。そりゃそうだ。あのザップが、だもんなァ……
「ナマエが書いたとして、クラウスは本書してくれるかねぇ……」
「一筋縄ではいかないでしょうな」
どこか楽しそうなギルベルトさんの言葉に、つくづく手のかかる奴らだと、これまた別の意味で溜め息が漏れた。もう勘弁してくれ。
「俺の身にもなってくれ」