珍しいものを見た。オレの第一感想はそれだった。ソニックも同じように感じたのか、ライブラのソファですやすやと眠っているナマエの頬を突いたり引っ張ったりしてから、ちらりと此方を見上げてきた。これは相当な深い眠りのようだ。

HLは変わらず忙しない。しかし、彼女の場合それだけでこんな姿を人前に見せることは無いだろう。時折悪ふざけもするし口悪くものを言うことはあれど、彼女なりの線引きがあるらしい。隙がないとでもいえば良いのだろうか。少なくともオレが知る限り、滅多な事では弱みを見せない。心がどれだけ追い詰められていても、彼女は朗らかに笑うことを努めているようだった。それはクラウスさんと義兄弟の関係であり、舐められては困るという、一種のプライドなのかな。とにかく滅多な事ではその笑顔を崩さなかった。

オレと同い年だという彼女は何処か大人びていて、つい年上のように対応していまって、その度にむくれるナマエにもう何回頭を下げただろう。そんな彼女がふと、幼く感じる瞬間がある。今もそうだ。甘え下手な彼女。そんな彼女に日々降りかかる構成員としての任務やラインヘルツ家という立場への重圧。平々凡々のオレにその苦しみは計り知れない。いや、彼女の場合苦しみすら慣れすぎてしまって麻痺してるのかもしれない。
"あの日"のミシェーラが脳裏を過ぎる。果敢な姿は似ているけれど、やはりナマエは圧倒的に甘え下手だ。大事な事なので何度でも言う。甘え下手というよりも、幼少期から今までの生い立ちが、彼女に甘え方を知る機会を奪ってしまったのではないだろうか。そういう点では、多少強引なザップさんとの相性は良いのかもしれない。
でも、これだけ疲れ切って深寝入りしているナマエを見ていると、ザップさんの用意した例の紙はいささか……いや、かなり悪手だったのではないだろうか。たったサインひとつ。それにどれだけ重い意味があるのか、誰もが理解している。ラインヘルツ家の養子という危うい立場から救おうと、ザップさんなりに考えた結果だとしても、もうちょっと段階があったんじゃないだろうか。まぁ僕の知らない所で進展してたなら何も言うまい。

「……ナマエ起きて、風邪引くぞ」
「ん……あれ、わたしねてた?」
「ぐっすりだったよ。ソニックがちょっかいかけてた」
「それは懐いてくれてるってことかな?」

ナマエはガサゴソと鞄を漁って、すっかり見慣れたケースからバナナを取り出し剥いている。ソニックはそれに気づいてオレの肩からナマエの膝上に移ってソワソワしている。以前聞いた話だが、彼女はソニックが食べやすいように、わざわざ海外からモンキーバナナを購入しているらしい。音速猿だから?と訊いたら「それならザップに餌付けするか」と毒舌を披露していた。一般のバナナは大きい方が甘みが強いらしいが、この品種は違うらしい。寒暖差が〜とか説明してくれてたけど、なんかもう忘れた。

「……ナマエさ、休みとりなよ」
「?今寝てたじゃん」
「じゃなくて、仕事を休めって話」

今は必要だろう、そういう時間が。暗にそう言ったオレの目を見て彼女の目が揺れた。泣きそうなのに後一歩のところで泣かない。そんな強さ、今は捨ててしまって良いのに。もしここにいたのがザップさんなら泣いて全てを吐き出してくれただろうか。無力感に襲われたオレは、そっと彼女の頭を撫でた。何故、とも聞かずにオレの掌を受け入れる彼女は満面の笑みで擦り寄ってくる。……本当、なんててのかかる義妹なんだ。

私の心は目を廻す

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