「婚姻届出したからって変わるのはファミリーネームだけよナマエっち〜」
変わるものがあるならとっくに変化してるわよ貴方たち。そんな事を飄々と言いながらも着々とスーツを身に付けていく姿から、誰がプロのスナイパーだと思うだろうか。
今日はK・Kのお子さんの授業参観……の裏ではライブラの任務が進められている。これまでも授業参観があったが、その度に欠席やドタキャンを繰り返していたものだから、とうとう嘘吐き呼ばわりされたと嘆いていた。悩みに悩んだ末に、彼女は遠隔操作式のスナイパーロボを使って任務の後方支援を担う事になった。
今回の任務、私は担当ではない。とはいえK・Kのことが心配だったし、何度かホームパーティにお呼ばれしてケインとはそれなりに仲が良い。彼女が離席中でも代わりに私が見ていられるよう、今回は姉という事で同伴することになった。申し出た時はお兄ちゃんもK・Kも驚いていたけれど、K・Kは「来てくれたらケインが喜ぶわ!」と歓喜し、お兄ちゃんは私の心中を察してか穏やかな笑みで承諾してくれた。
前日からお邪魔して、ケインに参観に行くことを伝えたら、ツンケンしつつも嬉しさが隠せていなかったのはなんとも可愛らしい。
「ナマエちゃん」
「ユキトシさん、すいません図々しく申し出ちゃって」
「いやいや、寧ろ助かるよ。彼女の仕事を真に理解している方が傍にいてくれるんだから」
「ユキトシさんこそ理解のある旦那様だと思いますけど……?」
「仕事の内容までは知らないからね。理解のベクトルが違う」
そういうものなのだろうか。私は牙狩り、それからライブラの人間しかいない環境で殆どを過ごしてきたから、どうしても所謂一般人への理解が及ばない気がする。だから目に見えない仕事に従事する妻への理解があるユキトシさんは、本当に凄いと思う。同時に、理解したような発言はしているけれど何処か諦めにも感じられる長男マークの言葉は、寂しさを纏っていた。
「ねぇ見てよナマエっち!あれウチの子!」
「知ってるよ」
無事教室へと辿り着いたK・Kは目をキラキラと輝かせて興奮がおさまることがない。微笑ましくて、つつがなく時間が過ぎて欲しいと願わずにはいられない。そんなの無理だと知っていたけれど。
非情にも呼び出しがかかったらしい。
くぅっ……!!と唸りながら足早にトイレへと向かった彼女。今日の先行はスティーブンさんだったか。きっと構成員には彼女の事情など一切伝えず現着している筈だ。彼女の耳にだけ付けられている無線には容赦ない呼び出しが飛んできているかと思うと、代われないことに酷く歯痒かった。
授業終了を鐘が知らせた。これ幸いとばかりにケインの席へと向かう。そわそわした様子でナマエ姉ちゃん!と呼ぶ彼に労いの言葉をかけると、周りの子たちに質問攻めにされているケイン。お前ねーちゃんいないだろ?!と言われてうるせー!と楽しそうに戯れ合う姿を思わずカメラに収めた。後でお母様に見せなければ。ほら、噂をすればK・K、が……
「ケイン、聞いて。」
戦況が良くないのは、言葉にせずとも分かった。母の言葉を受けて嘆くケインの言葉の端々からは割り切れない悲しみが惜しみなく溢れていた。ケインだって、母親であるK・Kを傷つけたいわけではないのだ。
2人を眺め、如何に自分の幼少期が恵まれていたかを痛感させられる。決して普通の子どもたちと同じ境遇ではなかったけど、誰かが常に傍にいてくれるのがどれだけ有り難いことか。ライブラ構成員という仕事が如何に難しいかをまざまざと見せられた日だった。
「ケイン、マーク、お邪魔します」
「いらっしゃい!ナマエ姉ちゃん」
あの日、結局K・Kは帰ることなく最後まで参観することが出来た。何故かは聞かなかったけれど、ケインと向かった屋上で他の父兄と相対していたことが全てだろう。家庭と仕事の成立が難しいのは此方だけではなかったのだ。
あれから数日経った。
今日はケインからのお呼び出しで遊びにきた。新作ゲームの対戦相手をして欲しいとのことだった。あいにくK・Kは任務の為留守だが、ユキトシさんとマークも快く出迎えてくれた。食事の下準備をしていたのか、挨拶もそこそこに2人はキッチンへと戻っていく。ケインは私が来るまでの肩慣らしで、NPC相手におやつをつまみながらゲームをしていたらしい。
「お手柔らかにね、ケイン」
「ナマエ姉ちゃんに勝てるの新作の時だけだからヤダ」
「そんなことないけど……」
「そんなことある!」
くわっ!と目を見開いた彼に分かった分かったと鎮めながら着席を促す。コントローラーを受け取って隣にお邪魔すると、ぽつり、とケインは呟いた。
「ナマエ姉ちゃんは、同じ仕事してるんでしょ」
誰と、なんて訊かなくても分かる。私は首肯だけで返した。そっか、ともらしたケインは言葉を続けた。
「俺どんな仕事か知らないけど、話せない理由があるのだけは分かってるよ」
「ケインは強い子だね」
「強くない」
強くないわけがない。全てを飲み込む事だけが強さじゃない。受け止められないなりに向き合える事だって、立派な強さだ。それを私は知って欲しかった。誰よりもケインに。そんなケインはとっくにコントローラーを置いていて、画面には私の勝利を示していた。
「仕事してる母さん、カッコいい?」
「誰も代われない存在だよ。ケインの母親が彼女以外につとまらないのと同じくらいにね」
私の選んだ言葉はどうやらお気に召したらしい。湿度のあったケインは一気にカラッとした笑みを浮かべて、次は負けねー!と再びコントローラーを握り込む。私も負けてあげるほど大人じゃないよ、とにやりと笑って、続くようにコントローラーを握り直した。
(なぁレオ、このゲーム新作な筈なのにナマエ強くね……?)
(それ俺も思いました)
(強い男とコソ練したからねぇ)
((ハァ?!!))
心強い子何処の子この子