「レオ!落としたカトラリーは拾わない!ザップはステーキに齧り付くなナイフ使え!!」
「も、もうしわけない……」
「ナマエテメェこんな向こう側が透けて見えるペラいコイツを俺はステーキとは認めねぇ!!」
「ご苦労。今日も賑やかだな」
「はは、まったく今日も精が出るねぇ」
「助けてクラウスさん死ぬ!餓死する!!」
「番頭俺もう嫌だ!こんな鬼嫁やだ!!」
お兄ちゃんとスティーブンさんの視線を一瞬感じたが、即座に逸らされた。お兄ちゃんに関しては滝のように汗をかいている。今更後悔しても遅いんだぞ、任命した両名よ。
私はナマエ・クラウス改めナマエ・レンフロ、散々先延ばしにした結果、半ばヤケクソ気味に婚姻届にサインをして今に至る。アドバイスの通り、変わったのはファミリーネームぐらいで、せいぜい周りから「やっとか」と囃される機会が増えたぐらい。曰く、元々夫婦みたいなもんだった、だそうだ。それについては、こちらが返答に困ったので深くは聞かないでおいた。
さて、そんな変わらず非日常が日常なヘルサレムズ・ロット−通称『H・L』で世界の均衡を維持するべく暗躍する私たち秘密結社ライブラ。今日も今日とて、週末に迫る危機に向け奔走(思考だけ)していた。
「週末はいよいよ会食だけど、進捗はどうだい?」
「最悪置いて行きましょう」
「待ってナマエ!見捨てないで!とりあえず握力戻る程度には食事をさせて!!」
「それだけ喚けるならやれるぞ、頑張れ少年」
「鬼だ……こいつら纏めて鬼だ畜生だ……」
週末に控えた国王との会食に備えて、テーブルマナーのTから教える事になったのだが、これがまた覚えの悪いこと悪いこと。幸いよくトリオと括られるツェッドくんは私と過ごしていた期間にある程度身に付けていたので無事私のアカデミーを卒業している。レオも咄嗟の(高級店では不要な)気遣いさえ無くなれば晴れて卒業出来るだろう。問題はこの男改め我が夫、ザップ・レンフロである。
「婚姻届ってクーリングオフ期間ないのなんでだろ……」
「まてまてまてまて俺を訪問販売宜しく扱うなこれでもクソ真面目にやってンだぞ」
「クソ真面目でそれだから頭抱えてんでしょーが」
最悪当日はスティーブンさんをお手本として見ながら食して貰おう。そんな余裕があの店で残るかどうか怪しいが。
マナーは事前にどうとでも出来るが、今回招かれたのは新異界料理店『モルツォグァッツァ』だ。私は仮にもクラウス家長女としてお兄ちゃんに連れられ、あの店では何度か会食の経験がある。先日は拉致されて、だが。そうでなくとも比較的舌は肥えている方だ。ジャンクフードの方が好きではあるのだけれど、利き水が出来るほどには散々しごかれた。……当時を思い出したら気分が悪くなってきたので話を戻そう。
「とりあえず今日はこの後ツェッドくんレオくんザップは貸しスーツ見繕いに行かないとだから、ロールパンだけあげよう」
「ロールパンにすら涙出てきたよ僕」
「レオくんそれで当日大丈夫ですか……」
「ダメカモ……」
スティーブンさんの運転で着いた行きつけのオフィススーツの並ぶ店舗。貸しスーツを頼みたいと伝えると、一人一人全身を大人しく測られている。スティーブンさんはオーダーで買い足すつもりらしく、一緒に見て欲しいと私を呼んだ。
「先日の戦闘で随分痛んでましたもんね、そもそも日焼けも少ししてましたし」
「君は本当によく見てるなぁ……」
「お兄ちゃんのも一着買い替えかお直し時だと思うんですけど、なかなか時間が取れないのか行けてないみたいで。あ、このネクタイピンレオっぽい」
「……君がサプライズで買ってやったらどうだい?」
「ネクタイピンですか?」
「いや、スーツの話さ。最近何かと君一緒に会食に出席するだろう?色調を合わせたドレスとスーツ、如何にも喜びそうじゃないか」
ニコリと微笑むスティーブンさんは、珍しく(なんていったら怒られそうだが)裏表のない提案にふむ、と暫し思案する。確かに私もクリーニングに出す頻度が増えて、もう一着あったら嬉しいな、なんて考えてはいた。しかし、お兄ちゃんのオーダースーツと合わせてとなると……頭の中で必死に計算機を叩く。お兄ちゃんのレベルに合わせるとなると、私のドレスも普段より数ランク上のものを選ぶ事になるので、やや悩むところだ。
「俺がクラウスを労いたいんだ。予算は出すから、良ければ選んでくれないかい?」
出た。スティーブンさんはこういうところが狡いのだ。私が何で悩んでいるのかを察して、断り辛い言い訳を与えては思い通りに事を進めるのである。しかしこれくらいでなければライブラの頭脳は務まらない。
私はスティーブンさん達のスーツ選びが終わったら一緒に見て欲しいと、その優しさに甘える事にした。
「測量お疲れ様〜あとは持ってきて貰ったやつから選んだらザップ達は終わりだから、後少し頑張れ」
命のやり取りという、この世で最たる緊張感の中を生きてるくせに、どうも慣れない緊張感に測量トリオはすっかり屍と化していて笑ってしまった。気を遣ってくれた顔見知りのテーラーさんが水を持ってきてくれたので、有り難く受け取り手渡す。ツェッドくんは元々暑いのが少し苦手なのもあり、コップ一杯が一瞬で消えてしまった。ザップも舐めるようにちみちみ飲んでいるが、コップを手にするのもしんどいらしい。レオくんはお礼だけ述べてソファに項垂れていた。真っ白に燃え尽きている。
「三人とも酷い顔だな。ああナマエ、ネクタイどちらかで迷ってるんだ。どうかな?」
「今回仕立てたやつに合わせるなら右手、普段来てらっしゃるタイプに合わせるなら左手。ピンと来なかったらチェインに写真で聞いてみます?」
「いや、せっかくだから新調したスーツに合わせたいんだ。ありがとう」
「……このやり取り聞いてるとナマエって生きてる世界一緒か?って疑問に思うよ俺」
「やだ、勝手に殺さないでくれる?」
「いやレオが言ってンのはそういうこっちゃねーだろ」
茶化してけらけら笑っていると、数着のサイズの異なるスーツが運ばれてきた。明らかに気力の残り僅かな彼らに気を遣ってくれたのか、既にコーディネートが完成された状態で好きなセットを選ぶだけであった。長い付き合いになるが、ここのテーラーさんは本当に気遣いの化身である。
「すいません、お心遣い助かります」
「いいえナマエ様お気になさらないでくださいませ。この後はクラウス様にサプライズのスーツをお仕立てになると伺っておりますが、別日にお時間取りますか?」
「私は言う程疲れる事はしていないので、店長さえ良ければこの後お願いします」
人好きのする顔で深々とお辞儀をして、楽しそうに試着をしている三人を見遣ってから、奥へ戻っていった。この店を一人で切り盛りする店長は、かつてクラウス家御用達のテーラーであったが、お兄ちゃんがHLに拠点を移してから彼もまた此方へと移転したのだ。
「ナマエ、これでどうかな?」
「うん、良いと思う!あとオプションでこのネクタイピン借りよう、レオ猫背になりがちだからあった方が良いし。他の二人も良いじゃない、気になる所があれば他のも見せてもらえるけど、特になければ微調整頼むけど……」
何だかんだ普段も(ボロボロ気味だが)スーツを着ているザップも、一流品を着るとこんなにも見え方が違うのか。普段と少し違う妖艶さに少しだけドキリとしつつも平静を装ってみんなのネクタイを整えた。スティーブンさんからもOKが出たので仮留めで調整して、直前に取りに来ることが決まった。これであとは当日までに如何にテーブルマナーが向上するか、それだけが課題だろうか。
「ナマエ、こいつら事務所に置いたら戻ってくるよ。そしたら一緒に選ぼうか」
「選ぶ?コイツもスーツオーダーするんスか?」
「クラウスにサプライズで、兄妹ペアデザインのスーツとドレスを仕立てるんだよ」
「「「えっ?!!」」」
死屍累々だった姿は何処へやら、嬉々とした様子で私を見つめる三人は帰る気など微塵も無いらしい。むしろ一緒に選ぶ気ですらいる。自分のすら選ばなかったくせになんなんだ。
「……任務連絡来るまでね」
結局希望虚しくスーツとドレスを選び終えるまで、普段なら頻繁に鳴る緊急アラームは鳴らず、スティーブンさんに着せ替え人形にされる様を見せ物にされるのだった。……次から一人で観に来よう、絶対こいつら居る時は見ない。
(………ッッ!!!)(クラウス嬉しいのは分かったから、俺の腕を離してくれるかい?折れる。)
ふたつのボルドーカラー