柔らかい日差しを背負った誰かが云った。この力を『のろい』にも『まじない』にも出来るのは私だけだと。
でも本当はそんなことどうだって良かった。この力で、君たちが一秒でも長く笑ってくれるのなら。
『隠し子疑惑』。そんな文面と共に硝子から送られてきた写真には、何処か記憶に引っかかる姿の幼女が写っていた。ぱっと見ただけならほのぼの親子の日曜日だが、写っているもう1人が自分達の担任であり、幼女の抱えるぬいぐるみが呪骸だと判れば話は別だ。
「ウケる、犯罪臭がヤベェなこれ」
「今さっき撮ったばかりのようだね。今日の授業と関係あるのかな?」
「しらね。」
本来ならば座学であった筈のコマは、予定を変更して体術の授業が行われるらしい。体術とこの幼女がどう関係してくるって言うんだ。くだらねェ、現実味のないことを隣席の夏油傑は流し打ちでもするかのように吐いた。話繋げる気がねーなら始めから話を振るんじゃねーよ。
「ハァ?何それ、本当に言ってる?」
しかし現実は小説よりも奇なりとは良く言ったもので、先刻話題に挙がったばかりの幼女は俺達の前に突如として現れた。突如、というのは、今し方ひょっこりと顔を出すまで気配の機微ひとつ、自身の双眼が捉える事が出来なかったからだ。
あり得ない。初めての体験に不気味さを覚えたが、幼女の『中身』を見て更に目を見開いた。思わずサングラスを外して凝視したが、やはり見間違いでは無いようだ。
「何か見えるのかい?」
「中身と外見がまるで別モン、初めて見る術式」
「六眼って、術式まで見えるんですか?」
すごい、と溢した唇は、とてもそう思っているような雰囲気を纏わず、むしろ感情の起伏を感じさせない、なんともちぐはぐなものだった。
先程まで散々隠し子疑惑だの何だのネタにしていた幼女は、とても幼女とは思えない情報量を抱えて(その姿には如何にも抱え切れずに今にも溢れ出しそうなものであったが)確かに目の前でぱちぱちと手を叩いていた。
自身の眼前にしゃがみ込んで並ぶ顔3つを、私は漂う視線で躊躇いがちに捉えた。高専で過ごして数年。生徒の事を遠巻きに見た事はあれど、関わった事は一度も無い。そもそも同年代とすら話した事のない私は、異様な緊張に包まれていた。
聴き馴染みのない砕けた話し方(ためぐちって云うらしい)で義父・夜蛾正道を日々翻弄する彼らの事は、認知こそせど、対面したのは今日が初めてである。特に真ん中の真っ白な髪と肌に妙に馴染んだ真っ黒なサングラス。高専に通い出すよりも前から任務に参加していた彼の姿を、正道に連れられ日常の殆どを高専で過ごす私は度々目にしていた。
そんな彼が再びサングラスを外し、私の姿を頭のてっぺんから爪先まで、それはそれはじっくりと観察していた。そして一言、「キッショ。」と。失礼だな。
私の術式は、使えば使う程身体だけが幼児退行していく。過度な消費で赤子まで返ってしまっては目も当てられないので、本当に必要な時以外は術式は原則使用を禁じられている。けれど大規模任務の際はその都度呼び出され、大量に消費した呪力に応じて身体が退行し、すっかり幼子に返った私が拾われた。もう実年齢とどれだけズレてしまったかは数えるのをやめた。
意味のない事はしない主義だ。
「こら悟、子どもに対して失礼じゃないか」
「お前話聞いてた?お前の発言の方が失礼だろ」
「どっちも失礼だわクズ共。ごめんね、こいつら無視していいから」
この春同級になったばかりと聞いていたが、とてもそうとは思えない空気が三人を包んでいた。仲良し、とは彼らのことを指す言葉で合っていただろうか。
「家入硝子、よろしく」
「あっ、家入さん、宜しくお願い、します……」
「敬語要らない、硝子って呼んで」
「あ、えっ、と、しょ、しょーこ?さん?」
「さんも要らないよ」
ふは、と破顔した彼女は、けれどもその美しさは損なわれる事は無かった。今まで見てきた高専生1年の顔並びと比べても、彼女は大人びた方だと思う。他2人も見目だけなら大人びた雰囲気だが、喋り出すとまるで幼い。そしてこれまで正道から聴き及んでいた事が悉く事実なら、最早自身の様に内外にズレがあるのでは、と思う程に、やる事なす事小学生だとも思った。
「どこ住み?メアド教えて」
「それじゃただのナンパだよ悟」
「私もナマエのメアド登録したい、交換しよ〜?」
自己紹介なんてした事のない私は、拙いながらも自身の事を話していく。ストレートな彼らは心地よい具合に遠慮せず私を質問責めにしていく。気づけば彼らは私を名前で呼び、私も彼らを硝子ちゃん、夏油くん、五条くん、と躊躇いなく呼べるようになっていた。
私の小さな、けれども意義のある一歩前進を祝すかのように、抱えていた呪骸が変わらぬ表情で手を叩き続けている。(さっきの私みたいだと五条くんが笑った。だから失礼だな。)
『ナマエ、お前はもっと年相応の世界を見ろ』
ほんの数時間前に正道から告げられた言葉を思い出す。彼らと過ごすこれからは、どんなに喧しく、けれども新しいことに満ちた日々になるだろうか。ずっと眺めていただけの春が、私にも訪れようとしていた。