「久々に稽古をつけてほしい?」
「迷惑だったら全然断ってください……」

 そう言って深々と頭を下げたのは、2年に上がって一段と逞しくなった乙骨憂太その人だった。入学初期から何かと面倒を見ていたナマエは、久しく関わる機会の無かった彼からの申し出に少しだけ驚いた。何かあったのか、と聞けば特別何かあったわけでは無いと分かり安堵する。
 術師にも様々なタイプがいる。憂太のような繊細なタイプは、ネガティブな出来事がきっかけで稽古を頼んでくる事も少なくないので暫し顔色を伺ったが、言葉通り杞憂だったようで安心した。

「いーよ、今日は一年生も居なくて時間あるから」
「あ、ありがとうございます!」
「でも私から教えられる事なんてもう無いと思うけどなぁ……」
「僕の攻撃一度も当たった事ないのにですか…?」

 それはそれ、これはこれである。他の子が相手なら多少調整はするが、無事特級術師に返り咲いた憂太相手となると、こちらも本気でいかないと首と身体がサヨナラしてしまいかねない。東京校に在学している生徒の中でも数少ない"ナマエにとって手加減不要"の相手である。





 本来ならば竹刀を使う所を、ナマエはいつもの獲物を使わせていた。これは誰が相手でもそのようにしていた。原則発動しないよう心掛けている術式も相まって避けるプロであるナマエは、限りなく実践と同じ状況下で稽古を見ていた。万が一のことは起こり得ない。

 稽古を始めてどれくらい経ったかは分からないが、憂太が肩で息をし始めているのを見て「そろそろかな」とナマエは一気に攻めに転じた。乙骨はすばしっこいナマエの気配を何とか追い、着地を狙って刀を振るうが、虚しくも空を切るだけだった。すたん、と剣先に乗った彼女の右手が憂太の首を捉えた。とん、と当てるだけの行為。「はい、死んだ!」と物騒な言葉とは打って変わって、彼女の微笑みは太陽のようにあったかいなぁ……なんて憂太は内心思っていたとか。閑話休題。

「ナマエさん、」
「ん?どうした?」
「最近術式使いました?」
「……使ってない、よ?」

 憂太がうーん、と頭を傾げて私のことを見下ろす。何かを考える素振りを見せながらも、手元ではテキパキと愛刀を仕舞い込んでいく。
 そんな彼の言葉に、ナマエは無意識に使ってしまっただろうかと自身のワンピースの丈感を確認する。……うん、縮んではいなさそう。
 ふと唐突な浮遊感に目を見開いた。眼前には憂太の変わらず不思議そうな顔。変わらずシルエットは細身だけれど、一年前よりはずっと筋肉のつきも良くなったし、体幹もしっかりしている。そんな彼にひょい、と軽々持ち上げられた今の私は、傍から見れば猫の様だろう。

「……五条先生に見てもらいましょう!丁度この後呼ばれてるので」
「んん?」

 憂太、私は呼ばれてないんだわ。あと悟くんは基本的に聞かれて困らない事は真っ先に私に共有する。知らないってことは、今は聞く時ではないということだ。
 そんな内心を知ってか知らずか、私を片腕で抱え直してから「迷惑だと思いますけど、僕が心配なので、ごめんなさい」と眉を顰められてしまえば、もう何も言う事は出来なかった。





「やぁ憂太!……と、ナマエ?」
「五条先生お待たせしました」

 久しく見なかった組み合わせに驚いた様子の悟くんは、ありがとう、と言いながら憂太から私を受け取る。私は荷物か何かだろうか。まあ邪魔者扱いはされていなさそうなので遠くを見て2人の用事が済むのを聞き流すことに決め込んだ。

「………ナマエ、お前術式使った?」
「え?!使ってないよ?!!」

 突然の問いかけに、遠くに送りかけた意識がギュンッ!!と戻って来た。先日の任務以降も幾つか悟くん同行のもと行なってはいるが、術式を使っていなかったのは悟くんが誰よりも知っている筈だ。

「さっきまで稽古をお願いしてたんですけど……刀身に乗ったナマエさんが久々とはいえ、あまりにも軽すぎたので変だなって思って……」
「なるほどねぇ……」

 目隠しをずらし、綺麗な蒼がこちらに向けられる。ほんのりと頬が温かいのが分かって目線をずらすと、心配そうな憂太が此方を見ていた。ああそうか。憂太は私の"あの姿"を一度見てる数少ない1人だから、些細な違和感でも心配してくれたのか。

「……うん、大体分かった。憂太、そんな心配そうな顔するなよ。最強の僕のカノジョだよ?ちょっとやそっとじゃ消えたりしないさ」

 安心させるような言葉にはそれでも私に"何かが起こっている"ことが含まれていたが、それ以上語らないかつての担任に、憂太は何も聞かなかった。彼はやはり聡明な子だ。

「さて、と。ナマエは先に夜蛾先生のところに行っててくれるかい?僕も後ですぐ行くから」
「………うん、分かった。憂太、また手合わせしてね」
「……!はい、宜しくお願いします!」

 思った通り、まだ私には聞かせるつもりがない話だったようで、ていよくあしらわれた。長い付き合いでもう慣れっこだ。私は緩んだブーツの紐を結び直して、正道のいる校長室へと向かった。



憂う少年、師の焦燥


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