「憂太よく気づいたね」
「いや……稽古つけていただいたのが久々だったので、気の所為かもとは思いましたけど……」
「……へぇ?」
けっこー些細な変化だったのに。
飄々と言ってみせた五条先生の視線の先には、先程あどけない笑みで僕の首を取ったナマエさん。
先生や家入さんと同期だったと知った時は、それはそれは驚いた。術式の説明を受けた後でも、彼女の性格や振る舞い、無償で与えられる微笑みのあどけなさが残る所為か、彼女は数段若く幼く感じられた。
しかし矢張りと言うか、初めての組み手で思い知った。確かに彼女も"あの”異質で特別な学年の一人だったのだと。特級に戻ってから暫く、一人での任務に慣れるまでの期限付きで、ことあるごとにナマエさんが隣であれこれ丁寧に何度も教えてくれた。
『憂太はすっかり立派な呪術師だね』
ナマエさんが付き添ってくれた最後の任務で言われた言葉を反芻する。そんな事はない、とは言えなかった。否定することは、ここまで僕を見守ってくれた彼女への侮辱だと思ったからだ。そこには敬愛と親愛があった。だからこそ、久しく会っていなかった彼女の違和感に気づいてしまった。
「僕は学年上がってから初めての手合わせだったんですけど…いつから、ですか?」
「多分だけど、宿儺の影響かなぁ」
「宿儺の?」
器とも指の解放とも、先生は言わない。ただ"宿儺"とだけ言った。それはつまり、両面宿儺の存在そのものが何かナマエさんに影響を及ぼしているということだろうか。
「ねぇ憂太、ナマエの術式は覚えてる?」
「えっと……身体の育成伸び代を縛りに、極限までの体術の向上、ですよね」
「あー、やっぱりアイツちゃんとお前らに話してないのか」
「え?」
空を仰ぐ先生の姿に驚きを隠せなかった。驚きで口がぽっかり開いたままの僕に、「きっとお前らを案じて一度も見せなかったんだな」と、先生はまるで独り言の様に溢した。
嘘だ。
じゃあ僕たちの今まで見てきたナマエさんは、素の
「あの子の術式はね、核爆弾並みの脅威なんだよ。使えば強い。でも本人だけじゃない。周りの人間までもが巻き込まれかねないんだよ。術師も呪いも無差別に何もかも。だからこそ、あんな惨劇繰り返しちゃいけないんだ」
それはつまり、過去に惨劇が起こったということだろう。そして、五条先生はそれを繰り返さない為に(おそらくそれだけが理由じゃないと思うけど……)少しずつ少しずつ、先手を打ち始めているのだろう。そんな大事な局面で僕に声をかけて頼ってくれたという事実は、ひとつの駒としか見てないかもしれないけど、それでも嬉しい事には変わりなかった。
「だからね、憂太にはお願いしたいことがあるんだ。忙しい特級術師様には申し訳ないんだけどね」
「はは……そういう先生も特級ですよ」
「あっは、僕は特級で最強だからね」
その後頼みたい事だけを簡潔に話した先生は、いつから待たせていたのか分からない高専の車に、ゆったりとした足取りで乗り込んでいく。運転手は恐らく伊地知さんだろう。ドア越しにも伝わる運転席への蹴りに同情しつつも、先生の何処かやりきれない思いを考えたら、僕は何も言えなかった。
ねぇ里香ちゃん。愛の呪いって、始まりは単純な筈なのに、いざ開けてみると本当に複雑で難解で、貫くのが難しい。ね、そうは思わない?
僕は雲一つない快晴に、そう、問いかけた。