あの日の私の暴走は、自分が化け物であると再確認するには充分すぎた。暴走のきっかけが一体何だったのかは分からない。ただ覚えているのは、久々の同期2人との任務で浮き足立った結果ポカをして死にかけた事。その瞬間、とめどなく溢れる呪力に翻弄されて自制が効かなかった事。そして、酷く『消えたい』と自身を呪った事。強く思えば思うほど、自分じゃないものへ影響を及ぼした。
 木々は枯れ、地は割れ、
 空を覆う雲は一瞬で消えた。
 山に棲んでいたであろう生き物達の命が消えてゆく声があちこちから聴こえて、私は思わず耳を塞いだ。





 久々の俺と傑、そしてナマエの3人で派遣された任務は、山に居る仮想怨霊を祓うだけの簡潔なものだった。本来なら1人で事足りるものだったが、祠の結界を結び直す為に同期の中で一番結界術が上手いナマエの同伴が決まり、彼女の身の安全を考慮した結果、万全を期して傑も来ることになって、今に至る。
 仮想怨霊は呆気ない程簡単に片付いた。あとはナマエが祠に結界を貼り直したら終わる筈だった。

 ナマエが祠に触れた途端、どっかの呪詛師がしかけたのか知らねェトラップが発動し、彼女の小さな身体を"何か"が貫いた。彼女の身体が震えた瞬間、俺は反射的に傑を引っ掴みその場からトんだ。移動した上空から見えた景色は、来る時に見えていたものとは思えない程豹変していた。
 彼女は縛りから放たれたかのように呪力が溢れ、その姿は年相応のものだろうか。初めて見る美しい姿に反比例して、次々と視界に映る命が奪われていく惨状。あまりの光景に流石の俺も息を飲む。

「ナマエ、こちらの声全然聞こえてないね」
「そんな余裕ねーだろ、完ッ全に術式に飲まれてる」
「彼女が私たちと同じ成長をしていたら、あんな姿になってたのかな?」
「服裂けてンだろあんま見んなクソが」
「嫉妬深い男は嫌がられるよ、悟」

 こんな状況でも軽口を叩く傑をうるせーよと小突くと、とりあえず乗れと彼の出した呪霊に促された。

「で、どうしようか。下手に近付けばまず死ぬだろうね」
「だろーな。つーか術式と縛りの関係があべこべだろアレ」
「術式を使う程退行する筈なのに、寧ろ年相応になってるな…六眼では何か見えないのか?」
「……ナマエのものじゃない呪力が、アイツの中で暴れてる。むしろ暴走してるのはソッチ」
「……ナマエの中に、他者の呪力が?今のトラップか?」
「いや、それはちげぇ。これは……」

 出会った日のことを思い出す。彼女の身体に収まりきらない術式と呪力。そこに感じた違和感。もしかしたらその正体が、今目の前にある呪力の存在だったのかもしれない。つまり暴走しているのは、彼女がどんな経緯かはまだ分からないが、はじめから携えていた呪力ということになる。

「……今はあれこれ言っても仕方ないか。急がないと彼女自身の身体がもたない」
「傑、お前は車に戻って硝子への連絡と応急処置の準備。俺はアイツに近づいて呪力止めてくる」
「夜蛾先生にも連絡しておく。悟、無理はするなよ」
「誰に言ってンだよ」

 どこか楽しそうに目を細めた傑は、携帯片手に空中へと去ってゆく。俺は俺の仕事をしよう。任務中にサングラスを外すなんていつぶりかも分からないが、何処か昂る自分がいる事は否めなかった。

 近付けば近付くほど重圧を感じさせる呪力には、何処か悲痛な叫びがこもっていた。恨み辛みというよりも、ただただ悲しいという感情だけが流れてゆく。
 六眼越しにナマエの姿を捉えると、おそらく高専に引き取られるまでの彼女の生き様がエンドロールのように視えた。それは呪力から感じた感情と反して、悲しみも苦しみも、死ぬことへの恐怖さえ知らない、出会いたての彼女以上に人間味を感じさせない。そんな彼女の小さな身体がブレるように重なっている。

「ナマエ、」
「あ………い、やだ、来ないで」
「最強だから俺。お前になんか殺されてやれねーの」

 嫌だ嫌だと、子どもの癇癪のように繰り返す彼女に、一歩、また一歩と近づいていく。暴走と共に伸びた髪の合間から、涙を流す表情が窺えた。儚げな瞳で俺を捉えた彼女は、絞り出すような声で告げる。

「ごじょ、くん……お願い、逃げて………使えない子で……ごめん、なさ……」

 その言葉が全てだった。
 彼女という"子ども"が、どの様な扱いを受けて、どの様に生きてきたのか。雰囲気や言葉の端々、そして色彩の無いクローゼット。何故お前が謝らなければいけないのか意味が分からない。無知な馬鹿どもが、蔑み虐げ、それでも地位や富の為だけに彼女は使われてきた。そんな過去を嘆いたって良いのに、彼女は嘆き方も知らない。全てを受け入れて、全てが正しい事なのだと、刷り込まれていた。そんな風にした大人達に殺意が湧いた。何故人の為なんかにこんな事思うのか今の俺には分からない。
 ただ1つだけ理解したのは、俺はとっくの前から、狂おしいほどコイツを愛していたということだった。行動理由なんてそれだけで充分だった。

「あ、いや……ちかっ……消しちゃう、からっ……!!」
「本心を言えよ、そうじゃねーだろ」

 自分の優先度は遥かに下のコイツの事だ。どうせ小難しいことを考えているのだろう。俺の言葉さえ届けばこの暴走をとめるのは簡単だと確信があった。自身が強くて良かったなんて、まさか思う日が来るとは思わなかったが。

「お前、消えたいって思ってるだろ」
「それ、は、」
「やめとけ。思えば思う程暴走するぞ、お前」
「どうして……?」
「さあな。でも俺にはそう視えるから、そうなんじゃね?」

 俺の適当すぎる発言に一瞬目を見開いた彼女は、ふ、と肩の力が抜けたように呪力が霧散していった。六眼に対する絶大な信頼が感じられて、自分の瞳にちょっと妬けた。





 あの後、元の姿まで縮んだ彼女を学ランで包んで山道をくだっていく。トぶことも考えたが、重体の彼女には負荷がかかりすぎるのでやめた。

「ねぇ五条くん」
「あ?ンだよ」
「何で私が消えたいって、わかったの」
「呪力がお前を生かそうと必死だったから」
「私の言うこときいてくれなかったのね、酷い術式だなぁ」

 ふにゃりと笑う彼女に、別の呪力が視えたことは伝えなかった。恐らく彼女はその存在に気づいた筈だ。その上で意識的にか無意識かは分からないが、術式でその気付きを"消した"。つまり受け入れ難いなにかがあるのだろう。そんな奴には言うだけ不毛だ。こればっかりは時間をかけていくしかない。
 普段なら面倒臭さに匙を投げただろうに、悪くないと思っている自分が自分らしくなくてむず痒かった。それに少しの苛立ちを覚えた俺は、元凶でもある彼女も少しは困れば良いと、半ば投げやりに思いを吐き出すのだった。

(お前さ、俺がお前のこと好きだって言ったらどーする?)



知らぬ存ぜぬの成れの果て


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