「悟くん、約束して。解呪が終わったら新しい服、一緒に見に行くって」

 稚拙な約束を求めた私を決して笑わなかった悟くんは、絡めた小指にキスを落とした。昔の彼だったらこんな事せずに「早く済ますぞ」とか言いそうなものだ。懐かしさにふ、と思わず笑みが漏れた。
 見上げた先の彼は、容易ではないことをこれから始めるというのに、表情は酷く、優しい。私は積み重ねてきた信頼のもと全てを彼に託して、促されるままに儀式の壇上へと上がってゆく。両の手は柔く彼の掌に乗せて。呪力を少しだけ送ってくれたのか、ほんのり温かさに包まれた。

「準備は良い?ナマエ」
「うん、迷惑かけてごめんね」
「ハッ。分かってないなぁ」
「え?」

 大人しく有難うって微笑んで、守られてればいーんだよ。彼の吐息が耳にかかる。諦めも感じられる声色は、きっと私が大人しく守られるような人間ではないと分かっているからだろう。それでも言葉にするのは、少しでも思い留まる瞬間があるように、そんな祈りからだろう。こんなやり取り、もう何年もやってきた。やってきたから、今の私たちがあるんだ。

「さてと……お前、いま呪いがどこに"いるか"分かる?」
「感覚的にはぼんやり腹部だけど……私の読みが当たってれば、臍、かなぁ……」
「鋭いね、なんでそう思ったの?」
「へその緒。母親と繋がるならこれ以上ない場所でしょ。何か視えてるの?」
「うん、よく視えてるよ」

 蒼い双眼が鋭く"何か"を捉えているらしい。彼曰く、これまで視えていた溢れ出る呪力の一部は、この呪いのものだったかもしれないと、何処か難しい顔で話す。

「呪っても結局母親気取りってか、不快だね」
「えっ?それはどういう……」
「あとで話す。お前、今感知出来てる分だけで良い。その呪い、"消せる"か?その後は任せろ」
「あ、うん、やってみる」
「伊地知、帳張れ」
「はっ、ハイ!」

 まっさらな白の景色から一転、帳が下りて私と悟くんは夜の中へ。それを合図に私は呪力を練って、持てる限りの全てを呪いに向けて放つ。そこで私の意識は途切れた。





「やっとお出ましだな」

 ビンゴ。嬉しそうに溢した五条の予想通り、術式に抗うように呪霊は姿を現した。学生時代の暴走も、恐らくこの呪いが潜んでいた腹部がトラップで刺激されたことで起こったのだろうとアタリはつけていたが、こうも当たるとは。
 さて、当時は視えなかった呪霊の姿は、あの時の彼女を包んでいた呪力だろうか。できる限り必要な情報だけに絞る様、目を細めてゆらゆらと浮かぶ姿を見つめる。ナマエと繋いだへその緒で、まるで縛り付けるように彼女に絡みつく姿は、束縛の様にも、娘を守る母にも見えた。呪ってしまった時点で守るも何もあったもんじゃないが。

「アンタがどんな経緯でナマエを捨てることになったのかは知らねェ。ただ、今更母親ヅラするのはいただけねーな」

 これまでの長い付き合いの中で、ナマエの呪力が跳ね上がったり術式が暴走した時は、決まって彼女の身に危険が及んだ時だった。 ナマエの母親は、形はどうであれいつでも我が子を守らんとしていたのだろう。それによる代償が如何に重いものだと理解が及ばなかったのは、それがもう知能の無い呪いという存在に成り果てていたからだろう。

 俺からすれば、この期に及んで母親ぶることに腹が立って仕方がない。母親自身も、術式が顕現出来なかったことで苦しい人生を生きてきたのだろう。だからといって娘を呪うのはとんだお門違いだ。ナマエはナマエなりのやり方で苦しみと戦って生きてきたのだ。どんな理由があろうと、母親に恨み嫉妬され呪われるのは間違っている。

「かかって来いよお母サマ、ぶっ殺してやるよ」
『カエ……シテ…………カエシ、テ………』





 帳の中がどうなっているか視認することは叶わない。突如感じた爆発的な呪力の膨らみに、憂太は思わず刀を持つ手が力んだ。が、そっと乗せられた掌に思わず顔を上げる。掌の主はナマエさんと同期で、綺麗な紅が引かれた口元は緩やかにカーブしていた。

「手の豆潰れるからやめときな」
「あ、はいっ……」
「……アイツらなら大丈夫よ。下手したら五条の"呪い"の方がよっぽど重いわよ」

 日頃のナマエさんを溺愛してやまない先生を思い浮かべた僕は、いつかの先生の言葉を脳内で反芻した。愛より重い呪いは無いのだと、身をもって知った。だからこそ「否定出来ないのが怖いですね」と思わず零してしまった。慌てて口元をおさえても、なかった事には勿論ならない。家入さんは此方を暫し観察して、カラッとした笑いで「本当にな」と僕の言葉を肯定した。伊地知さんも言葉にこそしなかったが、此方に向かって激しく頷いている。
 呪いを払う為に呪いを行使する、なんともこの世界らしい愛だ。ナマエさんが笑顔で帳から出てくる未来を想いながら、僕は目の前の漆黒をただ見つめた。



愛で以って愛を制す


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