「しょ〜〜うこ〜〜ぉ〜〜〜」

 突如聞こえた五条の何とも緊張感のない呼びかけに、家入は帳の中へ頭を突っ込む。慌ててついて行こうとした乙骨は片手で制され、そのまま家入だけ漆黒の中へと入ってゆく。一体何が起こっているのか、夜蛾と乙骨、そして伊地知は顔を見合わせた。
 出てきた家入は羽織っていた筈の白衣が無く、夜蛾に一言二言伝え、再び帳の中に入っていった。暫くして出てきた五条に皆が駆け寄り何事かと問う。

「帳はもう大丈夫。憂太もありがとね」
「でも家入さんを呼んで……ッナマエさんも居ないじゃないですか!」
「焦らないの憂太、僕が対処したんだよ?無事に決まってんじゃないの〜」

 本来帳を上げた先にいるはずの家入もナマエも、そこには居ない。始めに家入が呼ばれたことで、乙骨と伊地知の脳内では「何か大きな怪我を負ったのでは」と最悪のケースが過ったが、どうやらそうではないらしい。おそらく五条が何処かへトばしたのだろう、と乙骨は1人納得した。

「じゃあ解呪は……」
「ば〜〜っちり!ただ、ナマエは暫く経過観察かなァ」
「け、経過観察、ですか?」
「そ。だから明日以降のアイツの任務、全部振り直してね?伊・地・知?」

 サーーーッと青褪める伊地知に乙骨と夜蛾はただただ同情する他ない。帳の要員として呼んだのは、こうなることを予想してだったのでは、とその場の全員が邪推した。

「改めて憂太、」
「は、はい!何ですか?」
「ナマエのこと、いつも気にかけてくれてありがとね」

 これからも変わらず構ってやってよ。そう言った五条からは言葉とは裏腹に、刺さる様な感情を向けられた気がした乙骨は思わず顔が引き攣る。そんなやり取りに夜蛾は思わず「嫉妬はみっともないぞ」と洩らした。
 そうしてこの日、長い間夜蛾ナマエを呪っていた存在は、跡形もなく消え去った。





 腑抜けた声に呼ばれ帳に入ると、呪いの消えたナマエが裂けたワンピースのはだけた姿で、五条の腕の中で静かに横たわっていた。年相応ではないにしろ、呪いが喰った分の成長過程が返ってきたのだろう。今までが幼女だとすれば、目の前の彼女は少女だろうか。寒そうに震える彼女に自身の白衣をかけてやった。

 トばされた先はナマエの部屋で、予め用意していたであろう服に着せ替え、ひと通り触診や問診をしていく。落ち着いたところでカルテに書き込みをしていると、いつの間にか眠ってしまったのか、静かな寝息とあどけない寝顔に少しだけ安堵した。
 ……のも束の間、廊下の床が軋む音に振り返る。粗方の後処理を終えたのか、五条がノックもせずに部屋にずかずかと入ってきた。おつかれ、とこちらに声をかけてきたソイツは、自室宜しく慣れた手つきで湯を沸かし始める。

「硝子、ナマエの様子はどう?」
「その前に、まだ着替え終わってなかったらどーすんの。まずはノックをしろクズ」
「え〜辛辣……で、ナマエは?」
「さっきまで起きてたけど、今は寝てるよ。問診、検査、心身共に異常なし」
「……身体も?本当に?」

 おそらく五条が懸念しているのは身体の成長についてだろう。術式の縛りで身体が縮んでいく彼女だが、これまでは呪いの影響で過剰に縮んでいた事が判った。それ故に、呪いが祓われたことで過剰分がどうなるのか。それを彼も心配しているのだろう。

「確かに呪いの影響で身体への縛りが過剰だったって予想は合ってた。でも、祓ったからといって失ったもの全てが返ってくるワケじゃないし、そもそも本来の彼女が真っ当に成長した姿を私は知らないから、どの姿が正解か、分からない」
「………そっ、か。今後の伸び代はありそ?」
「さーねぇ……実年齢で言えば本来は成長期終えてるし。仮にこれから成長するとしても、目に見える形でってことはないな。あくまで人間らしい成長曲線だろうね」

 なんせ身体の成長が喰われるなんて縛り自体、前例が無いのだ。これまで何度も彼女の窮地に立ち会ってきたが、赤子手前まで縮んだ日には流石の自分も頭がフリーズした。血溜まりに浮かぶ幼い姿。二度とあんな思いは御免だ。
 己の身を顧みない彼女を何度も叱責してきた私は、記憶の中でも一番成長した姿の親友の頬をそっと撫でる。解呪されても結局年相応の姿には及ばなかった彼女。慎重に見守ることしか出来ない現実に行き場の無い悔しさが残るが、今はまず彼女の生還を喜ぶべきだろう。

「いやーでもこれでやっとナマエと愛の一線越えられるなぁ!」
「もう部屋から出ていけこのド屑」
「今日いつもにまして辛辣だね硝子」
「私の心中を察しろ」
「硝子こそ僕の心中察してよ!何年我慢してきたと思ってんの?!!」

 僕達何歳か分かってる?!!と熱弁を振るう同期の姿に、私は何よりまずナマエの貞操を守らねばと決意させられるのだった。……アンタの旦那、マジで屑だよナマエ。



無垢なあのコと下衆なアイツ


ALICE+