「今日は宜しくね。憂太、伊地知くん」
「いやっ、寧ろ僕の方こそ勉強させてもらうというか……」
「胸を張りなよ、乙骨特級術師サマ」

 集合時間まではまだ10分程あったが、優秀な2人は既に乗車済みで、慌てて後部座席へと乗り込んだ。
 今回は私の任務に憂太が補助の形で来てくれている。というのも、解呪前に何度か任務に赴いていたとはいえ、解呪後の身体では、リーチの長さも出来ることの数も段違いである。数度組み手をして「あー全然問題ないっしょ」と私を任務に放り出したくせに、こんな贅沢な補助をつけるのだから、やはり悟くんは私に甘いのだ。私の心中を察してか、任務を言い渡された時に憂太には「愛されてますね」なんて言われてしまった。

 閑話休題。
 私たちが向かっているのは倒産した会社跡地の廃ビル。等級はさほど問題ないが、とにかく数が多く湧いているらしい。本来ならもっと下級の術師に充てる任務だが、窓の情報によるとその数が異常なのだという。下級呪霊に紛れて等級の高い、隠れるのが上手い呪霊が居たら厄介だということで、今回は二級案件になっている。

「着きました、此処が件の廃ビルです」
「伊地知くん送迎ありがとう」
「……ナマエさん、どうか無理だけはなさらないでください」
「あはは、悟くんに何か言われた?」
「いやっ……補助監督として、言ってます」
「……ありがとう、いってくるね」

 ご武運を、と言葉を残して伊地知くんは再び車に乗り込んだ。おそらく別の任務の方の片がついて迎えに行くのだろう。相変わらず多忙極めている彼に「時間を作って労いたいな」なんて思いながら小さくなるセダンを見送って、私と憂太は行こうか、と廃ビルへと歩を進めた。





『闇より出てて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』

 とぷん、と質量を感じさせる漆黒が廃ビルを包み込む。さてどう動こうかと、視線は廃ビルに向けたままに憂太に声をかけたが、応答がない。気配なんて何も無かったのにもう呪霊が来たのかと慌てて振り返ると、何故か惚けた顔の憂太がこちらを見ていた。

「憂太、帳おろしたから。切り替えて」
「いやだって僕、ナマエさんが術式使ってるの間近で見たの初めてだったからつい……!」
「あー……言われてみれば確かに、」

 帳も結界術という意味ではそうだ。彼の面倒を見てた頃の帳は、殆ど彼自身か補助監督に任せていて、私は呪力こそ使えど術式は使ってこなかった。レア中のレアであることは否定しないが、まさかここまでの反応が返ってくるとは思わず私は苦笑が漏れた。

「さて、じゃあ今回は憂太先生ご指導のもと祓っていきますかぁ」
「恐れ多い言い回しやめてください……」
「あはは、ごめんって。じゃあ私行くけど、一応自分の身は自分で守ってね」

 彼に獲物を抜かせる気はさらさらないのだけれど。踏み込んだ途端一斉に襲いかかる小物呪霊、大物が紛れてないことだけ確認してから私は術式を行使した。

「お前ら邪魔だよ、『消息盈虚しょうそくえいきょ』」

 ジジ、とまるでブラウン管の砂嵐を彷彿とさせる音が響いてまもなく、眼前の呪霊は消え失せた。そこには残滓のひとつも残っていない。解呪後の私の術式は、縛りが無いわけではないけれど、以前ほど神経質にならなくて済んだのは大変ありがたかった。それでも上位の等級相手には初手から使えないな、と現場で使って改めて感じた。

 この廃ビルは三階建構造だが、どうやら2階には居ないようなのでそのまま3階まで階段を登っていく。最初の除霊を終えた時点で確信になったが、この任務は二級案件にして正解だと思う。なんなら一級にしておいても良い。
 二級以上の術師は1人で着任することが殆どで、今回私と憂太が2人で赴いたのはレアケースだ。きっと1人で来ていたら3階にいる"コイツ"は小物に紛れて術師を喰っていただろう。私1人で対処するつもりではあるが、憂太は既に刀を構えて襲撃に備えていた。油断が命取りになることを彼はよく理解している。付き添ってもらっているのは私だというのに、彼の成長に嬉しくて仕方がなかった。

「まぁ、倒産した会社の廃ビル。しかも倒産の理由が社長の不祥事なんて理由なら、そりゃ居るよねぇ……デカブツ」
「ナマエさんどうしますか?」
「憂太は自衛だけしてて。私の術式に巻き込むといけないから」

 返答は聞かず呪霊に向かって走りだす。見てくれはふてぶてしい赤子。きっと社長さんもそんなヤツだったんだろーなー。なんて能天気なことを考えながらも伸びてくる触手のような手を躱していく。相手の程度が如何程か測るために、触手の一本に蹴りをお見舞いする。再生力や反応を見るに、一級には及ばないだろう。
 そうと分かればやる事は決まった。相手の呪力が一番溜まっている箇所を叩いてから、術式で消す。決まった道筋をなぞる事ほど楽な事はない。戦闘は3分もかからず終演を迎えることとなる。



唱える祝詞は『消息盈虚』


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