「これ、僕来る必要ありました?」

 不安気に呟いた憂太に、2人(しかも双方呪力おばけ)じゃなかったらデカブツも一緒に襲ってきて面倒だっただろうと私の推測を伝えると、それなら良かったと安堵の息を吐いた。近くのコンビニで買ったパックのいちご牛乳を飲みながら、憂太の術式ベタ褒めトークに少し照れつつも相槌を打ちながら、ゆったりと迎えを待つ。
 山中でもないので自力で帰ることも考えたのだが、稽古をつけた日を除いて久しく私と話す機会が無かったせいか、彼の舌は休まることが無い。任務の話から愉快な同級生たちの話まで、話は尽きない。こうしているとやっぱり憂太もまだまだ少年なんだな、と少しの安心感を抱く。
 生まれてすぐに死生観が狂い、高専でようやっとハリボテの幼さを手に入れた私のようには、どうにかならないで欲しい。術師というだけで大人と対等な扱いを受ける世界で、特級術師という立場上、おそらく今の生徒たちの中で最もそういった扱いが顕著であろう憂太。

 これは私のエゴなのだと、分かっている。
 それでも、私が失くしてしまったものを、彼らには失ってほしくないのだ。いつかの悟くんの「若人から青春を取り上げるなんて許されない」という言葉。涙ぐみながら肯定して笑われたのは去年の話だ。
 私が初めて高専に来た時に定めたものさしは、とっくの昔に書き換えられていた。君たちの青い春を守る。それが私の戦う理由であり、生きることを許される理由だ。





「迎えに行ってたの悟くんだったの」
「はい……」
「高専戻る方がぶっちゃけ早かったんだけどさー!2人の成果聞きたくてそのまま着いてきちゃった〜」
「とりあえず助手席行ってくれる?狭い」
「ナマエ冷たいッ!!」

 はいはい、と流してぶすくれた悟くんをなんとか助手席に追いやり、私と憂太は後部座席に腰を落ち着けた。
 ゆっくりと流れが速まる景色を眺めながら、自身の呪力の流れに意識を傾ける。ひとりぼっちになった私の呪力は、恐ろしく穏やかに流れていた。なんの淀みも穢れも、歪みもない。それが当然なのに悲しいと思ってしまうのは、私が母親離れ出来てないからだろうか。
 ふと遠慮がちに肩を叩かれて隣を向くと、ふにゃりと笑った憂太が悟くんを座席越しに指差していた。ああ、なるほどね。

「今日の任務ね、2人で正解だったよ」
「んー?なんかあった?」

 悟くんは憂太の刀に何も残っていないことは視えていただろうから、これから話すこともきっと予想が着いているのだろう。それでも話を振ったのは、多忙な彼がわざわざ伊地知くんに我儘を貫き同乗してきたことにある。

「一体だけ二級…ギリギリ一級にはいかない感じの呪霊がいたの。多分1人だったら小物に紛れてパックリいかれてたかも」
「ナマエならパックリいかれないでショ」
「いや、そりゃそうだけど手間取る、面倒」
「ものぐさだなぁ〜」

 けらけら笑うが悟くんだって似たようなもんじゃないか。学生時代からの損壊被害額累計だしたらもう正道泣いちゃうんじゃないかな。なんとなく私の脳内を察したのか、憂太はぎこちなく笑い、伊地知くんは半泣きだった。泣いてもいいけど運転ポカしないでね、伊地知くん。





 高専に着いた私は、さっさと書類を片付けてしまおうと鳥居に続く階段に足をかけた。しかしそこから先に進む事はできなかった。後ろから私の襟首をつまむ悟くんに目線だけで何?と問いかけるが、何も言わない。

「ナマエさん今日はあがってください。報告書は僕が出しときますから」
「憂太は察しが良くて先生嬉しいよ」

 満面の笑みで軽やかに階段を登っていく憂太は、一体何を察したのだろう。私は頭上にハテナを大量に浮かべながら、とりあえず悟くんの言葉を待った。

「ナマエに見せたいものがあるんだよね」
「見せたいもの?」
「そ。あと2人っきりで話したいだーいじなこと」

 悪戯っ子の顔で私を見つめる目は何処か不安混じりだ。一体何だというのか。考えるいとまも無く、私は抱きしめられてそのままトばされた。





「……誰のご自宅ですか?」
「なにって、僕たちのだよ。」

 まあ中々帰ってこれないだろうけどね。
 そう告げた悟くんは慣れた様子で部屋の奥へと進んでいく。少しだけ生活感を感じるのは、おそらく少し前から彼はこちらと高専の自室の双方で過ごしていたからなのだろう。
 ただ彼は『僕たちの』と言った。つまり家主には私も含まれているのだ。いくらなんでもサプライズがすぎる。緊張でショートブーツのジッパーを下げるのにもたついてたら、奥から急かす声が聞こえた。

「たか、やば、こわ」
「ナマエ高いとこ駄目だったっけ?」
「いや、怖いのは君だよ悟くん」
「どゆこと?」

 いくらしたんだよこの部屋。彼のお給金(と一応私のお給金)から考えれば微々たるものかもしれないが、それでもサプライズでいかにも高そう、いや絶対高い部屋に質の良い家具の数々を見れば、一周回って感動より恐怖が勝るのも致し方ないことだと思う。
 ちなみに場所は高専からさほど離れた場所ではないから通勤にも困らないらしい。なんだその無駄な配慮。

「一応ナマエの自室もあるよ」
「えっ、どの部屋?」

 指差しで教えられた部屋にわたわたと駆けた。そして今日一番のサプライズに目を見開いた。
 硝子ちゃん達のセミオーダーだけどお揃いの制服姿に、私は何度も憧れてはその気持ちに蓋をしてきた。自分には不相応なものだと。
 みんなには、任務でどうせ頻繁に買い替えるし気にせず作ればいいと言われたこともあったけど、汚れて買い替えるのと綺麗なままサイズが合わないだけで買い替えるのとでは、私にとって大きな違いがあった。
 だから、目の前に飛び込んだ光景に私は思わず呼吸をすることを忘れてしまった。





「ナマエさんサプラ〜〜イズ!!!」

 一年生たちの言葉と共に鳴り響いたクラッカーの音。そしてその先には私の愛用しているものと同じハンガーラックと、カスタマイズが施されている高専所属の証である制服。サイズからそれが私のものだとすぐに分かって、慌てて悟くんを見上げた。悪戯が成功して随分と嬉しそうである。

「ナマエさんナマエさん!この制服、野薔薇セレクトなんですよ!絶対似合う!」
「釘崎俺たちには全然カタログ見せてくんなかったもんな……」
「虎杖、下手なことはしないのが得策だろ」
「そりゃそうだけどさぁ……」
「他の準備はアンタらに任せたんだからいーじゃない!ホラ一旦部屋出るわよ、ナマエさん着たらリビング来てね!」

 突風のような彼らはリビングへと消えていった。いつの間にか目隠しからサングラスに付け替えていた悟くんも、ゆっくり着替えておいで、と優しいトーンで言葉を残していった。
 彼のゆっくり、は着替えのことではなく、零れた涙が暫く止まらないことを理解しているからだろう。

 私は夢にまでみた制服を抱きしめて静かに涙を流し続けた。空腹を訴える悠仁くん達の賑やかな声が部屋に響く、そのときまで。



溢るる程の愛に泣け


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