「そんなわけで、お名前大変身!花嫁見習い、五条ナマエちゃんで〜〜す!」
「流石の俺もこれはキツいッス」
「朝からウザさマックスね」
「これに付き合えるナマエさんの気が知れないです」
「なんかもうほんとゴメンしか言えない」
朝一番、指に感じた違和感に一気に微睡む隙も無く覚醒した。ショートスリーパーな彼は先に起きて既にコーヒー(と言う名の砂糖のゲテモノ)を啜っていた。それから、おはようの二の句が「婚姻届出すからサインして」だったのだから、もはや驚きを通り越して呆れた。昨日寝る前に話さなかった理由になんとなく合点がいき、私は態とらしく溜め息をめいっぱい吐き出して名前を記した。
彼の突拍子も無い行動に慣れてしまっている自分も大分末期だと1人ごちたのは、ほんの数時間前の話である。
そのままあれよあれよと話は進み、婚約した時と同じくらいの軽やかなステップで婚姻届提出を済ませてしまった彼のテンションたるや、ご覧の通りである。朝っぱらから馬鹿旦那で申し訳が立たない。ここまで暴走されては私に止める術などないので、一年生のみんなはどうか諦めて欲しい。
「体術の授業全力で投げてあげるから、それで許して……」
「嬉しくない妥協案だわ」
うげ、と野薔薇ちゃんは言うが、どっちみち投げられることは決まってるので、嬉しくなくても組手はしてもらう。
身体が大きくなってから、メリットもあったがデメリットもあった。リーチが伸びたのは確かにメリットだけれど、正道から叩き込まれた避けに徹する戦闘が少し苦手になった。いや、苦手というよりは、まだ身体に感覚が馴染んでないのだろう。生徒との組手は、私にとってもかつての勘を取り戻す為に必要だ。
「今日の組手は2人でナマエと戦ってもらうよ。残った1人は僕と一緒に観戦しながら2人の戦い方について討論会ね」
「割と私がキツいやつだね悟くん」
「ナマエにも必要だからね。頑張って」
語尾にハートマークでも付きそうな頑張ってにうわ、と声を漏らしてさっさと校庭に駆けていく。振り返ると悠仁くんと恵くんが此方に、悟くんの隣では野薔薇ちゃんが階段に座っている。初手から難しい組み合わせだな、と彼の本気度に少しだけ滾った。私だって呪術師としてプライドがある。脳内で彼らが取りそうな戦闘パターンを幾つか想定して、そして悟くんを真似て2人に向かって挑発してやる。
「術式フル稼働でかかってきなよ、一発も受けてあげられないけどね」
「ナマエさん目がガチだ、怖い」
「ひよるな虎杖、行くぞ」
近接特化の悠仁くんが私に向かって殴りかかり、後衛支援を恵くんが担う。想定内の初動だ。
決して恵くんの近接戦闘が劣っているわけではない。けれど、彼はどこか自分の伸び代を決めつけている節があった。冷静な分析とも取れるが、学生の内からそれはいただけない。嫌でも向き合ってもらうよ。
悠仁くんの拳を最小限の動作で避け、そのままの勢いで腕を掴み投げた。わぁ〜!!と叫ぶ声を頭上に聞き流しながら、息つく間もなく恵くんへと詰める。影絵を作れないよう、彼の手元の影に被るように立ち回ると、少しだけ不機嫌そうな顔を見せた。彼が未だ誰も呼んでないことは、悠仁くんとの交戦中も常に手元を視界に入れていたので把握済みだ。あえて恵くんからしかけてくるまで私は手を出さない。
彼も長い付き合いの中で私が攻められるのを待っていると気付いてるだろう。さて君の忍耐を見せてもらおうじゃないか。
「野暮なことをするね悠仁くん」
「おあぁ?!!」
「虎杖!!」
飛ばされていた悠仁くんが再び死角から迫ってきたが、彼の身体が恵くんの影と重なるタイミングで彼の肩に手を付き宙を舞う。背後を取った私は脇腹目掛けて回し蹴りをお見舞いすれば、良いとこに入ったらしい。虎杖悠仁、ダウン。崩れた悠仁くんの奥で構えていた恵くんの拳も軽々いなしてそのまま背負い投げで吹っ飛ばした。悔しそうな舌打ちが聞こえて、嬉しくなる。悔しいと思えるなら、まだまだ強くなりたいと思えるってことだ。
最初の組手を終えて階段を見上げると、いかにも嫌そうな顔の野薔薇ちゃんと視線がかち合った。学生時代の硝子ちゃんにどこか似ている姿に、ふは、と堪らず笑いが漏れた。まあ硝子ちゃんの場合は逃げ足は一級品なので、この後の野薔薇ちゃんの様に投げ飛ばされることはないのだけれど。
「ナマエさんもっかい!もっかいやろ!」
「一回ぐらい術式使わせろよ、やらしい立ち回りしやがって」
「もー無理、本気のナマエさん怖すぎ、無理」
「保健室では静かにしろ、メス刺すよ」
気怠げな声で物騒なことを言う硝子ちゃんに小さくゴメン、と手を合わせた。此処は保健室。先程怪我まみれの彼らと共に、砂埃ひとつ付いていないおろしたての制服姿の私を見てひゅう、と音を鳴らした彼女は「また派手にやったな」とカラカラ笑っていた。
「でも生徒相手にナマエがここまでやるのは珍しいな」
「そーなんスか?」
「あんまり怪我させたくないんだとさ」
「いや、私めっちゃボロボロなんだけど。タイツが残骸になってるんだけど。」
「野薔薇ちゃん本当にごめんって……」
力加減をうまく出来るほど、私は自身の身体にまだ馴染んでない。やり過ぎた自覚はあるから情状酌量で許して欲しい。私が謝りっぱなしなのがツボに入ったのか、変わらず硝子ちゃんは笑っている。
「まあナマエ相手に良い特訓になるなら、この程度の怪我で済むなら超オトクだぞ」
「「「オトク?」」」
「あー硝子ちゃんこの子達次座学だからお暇しまーす」
慌てて3人の背を押して部屋を出た。オトクというのは、暗に硝子ちゃん達の世代をボコボコにしたことを言っているのだろう。当時は加減なんて知らなかったのだから、それこそ許して欲しい。あれ、今日朝から謝ってばっかりだな私。