「こんな所でアレですが、ご結婚ご愁傷様です」
伊地知くんの運転で任務地へと向かう最中、ふと思い出したかのように沈黙を破ったのは七海くんだった。結婚の後にご愁傷様とつける人間がこの世界に彼以外いるだろうか。いや、いないな。内心思っている人は居そうだが。フロントミラー越しに目が合った伊地知くんは、何も言わないが苦笑を漏らしていた。五条アレルギーじゃなかったら激しく同意してたんだろうな。左手で優しい煌めきを放つ悟くんなりの"呪い"を見つめる七海くん。私はご心配をおかけしております、とちょけて返してみた。すると彼の口角がほんの少し上がる。お、ウケた。
「あの人は婚約の時といい、こと貴方のことに関しては在るべき過程をすっ飛ばしていて……計画性も何もあったもんじゃない」
「いや本当にそれ。朝イチで書かされて、出勤前に提出したよ……」
「ド屑ですね」
ぴしゃりと言い切った彼のなんと感情の無いこと。まあ事実、ここまでのスピード婚はなかなかお見かけできないと思う。でもド屑だろうがクソ野郎だろうが、結局は惚れたら負けなのである。でもやっぱり寝起き一番で婚姻届はちょっと人としてどうかと思った。
「もう昔の話だけどさ。婚約したこと、七海くんや伊地知くんには言わないでって言ったことあるの」
「えっ、わっ私もですか?!!」
「貴方の考えることは概ね予想つきますが、そこは分別ある大人なのでご心配なく」
副音声で『あのド屑とは違うので』と聞こえた気がした。おそらく彼の予想は当たっているだろう。五条アレルギー持ちの可愛い後輩達に、私まで道連れに嫌われたくなかった。それだけのことだ。結局悟くんは大々的にふれ回り、それを幼女身長の私が止められるはずもなく、ただただ右足にだっこちゃん状態で轢きづられまくった。勿論七海くんの前でもえぐえぐ泣きながらひし、としがみついていた。振り回される私をみて、悟くんに対して「幼女趣味(ロリコン)屑極まれり」と冷たくあしらってくれたのは胸がすく思いだった。
それでも彼らから悟くんに向けて、信用も信頼も、ちゃんと関係性の中にあるんだよなぁ……と少しだけ微笑ましく思えた。
任務地は山中にある廃村の小さな祠からの、呪具回収及び祠への結界術の行使だった。祠は空にするが、今回尋ねる祠は、それ自体が地域の呪霊への牽制、すなわち村民の安全を守るものとなっていたらしい。その為定期的に結界を張り直す必要が出てくるのだ。私は結界術が得意な方なので腕が鳴る。
私は結界を張ることそのものよりも、過去の記録で結界を張り直した術師が数名、死亡しているのが目立つことが気がかりだった。念には念を、と、私は久々に自身の刀を連れてきた。今までなら下級呪霊やわかりきっている敵に対してのみ使っていたけれど、今は身長が伸び、それに合わせてウエイトを増えてる。素手でもいいが、刀があって損ないだろうと判断した。
「一応まだこの身体馴染んでないから、距離置いて見ててくれると助かるな」
「言われなくともそのつもりです」
今回は形式上とはいえ、私の等級審査なので原則私だけで立ち回るつもりだけれど、七海くんはキチンと愛刀の鉈を構えていた。
というのも、祠を視認するよりも前から嫌な残滓を見かけたので、一度車を降りて確認したのだ。−−ここ数日のものだと分かってその旨を二人に伝えると、七海くんの眉がぴくりと動く。こういった場所だと贄献上なんてこともあるが、廃村ともなると話の聞きようが無い。何か伝承の記録があれば良かったのだが、それも無かった。だからこそ、術師の死亡率が引っかかって仕方なかったのだ。
「呪力に反応して作動するトラップとかかなぁ……良い思い出無いんだよねぇ」
「伝聞ですが、ありましたねそんなことも」
「絶対上層部の嫌がらせだよ、等級審査の絡む任務にこんなの充てて来るとか」
「なら喋ってないでさっさと済ませましょう」
鳥居に寄りかかる七海くんに促され、私は数歩先の祠を見つめる。触れたり近付く前に、何がそこに"居る"のか確認する。視える人間の中でも、何故か私の目はいっとうよく視えるらしく、先の残滓も七海くんは目を凝らしてやっと見えたと云う。
視認出来たのは予想通り二つの呪力。ひとつは呪物、そしてもうひとつは−−
「七海くん、これ下手したら一級でも上の方……下手したら特級任務に化けるかもしれない」
覚悟して、とだけ伝えれば意図を汲み取った七海くんは即帳の外の伊地知くんに連絡をしてくれた。そこからは伊地知くんが機転を効かせて対応してくれるだろう。高専への連絡、万が一の硝子ちゃんへの待機願い、エトセトラエトセトラ。
「何が視えましたか」
そう端的に聞いてくる七海くんに、土地神の成れの果て、とだけ伝える。これもまた賢い彼ならすぐ理解してくれたのか、成程、とぽつり。きっと村が廃れるまではキチンと土地神様として存在していたのだろう。しかし、村民の信仰心が無ければ神様は形を保っていられない。人間の勝手で祀られたのに、人間の無知な行動で化けてしまった神様に、私はごめんね、と溢して、祠の前で愛刀を構えた。