悟くんに抱えられて瞬く間もなく自宅へと帰ってきた。なんて濃密な1日だったんだろう。自室の荒れ具合が如何に私がテンパっていたかが見て取れて、思わず苦笑が漏れた。今朝のことを振り返ってふと気づく。夕飯の支度、何もしてないじゃん。
「悟くん、夕飯どうしよ、う?」
「今更気づいたの?」
慌ててリビングに駆け込むと、なんだそんな事か。とでも言いたげにキッチンに立つ悟くんの姿があった。彼はとっくにスウェットにサングラスのラフな格好に着替えを済ませていて、とっくの前から僕が作る気でしたけど?と口にはしないがそう言いたげな態度で私にお風呂の準備を頼んできた。先に身体を清めて来い、と言う事だろう。
春先ならば悩む所だが、この頃随分暖かくなってきた。お風呂が先でもしっかり髪を乾かせば風邪はひかずに済むだろう。私は有り難く入浴を先に済ませようと自室に引っ込んだ。
「明日さ、デートに行こうよ」
「む?」
人が咀嚼中なのにまた突拍子もない事言い出した。仕事はどうしたのかね五条術師よ。きっと伊地知くん泣かせてもぎ取ったんだろうなぁ……持っていたお箸を一旦置いて、嚥下したタイミングでいいよ行こうか、と返答した。折角の伊地知くんの苦労を無駄にしてはいけないし、そもそも本来悟くんには息抜きをする暇もない。こういう機会を作ってくれたのなら、むしろ甘える方がお互いにとっていいだろう。何より、未だ有効なのかは分からないあの約束がある。
「クローゼットカラフルにしてやるよ」
サングラスの隙間から見えた瞳は随分と好戦的だった。いたずら好きな顔は昔から何にも変わらない。どうやら解呪した日の約束はまだ有効だったようで、私は胸の内から温かくなるような気がした。きっと彼なら何だかんだ言って私に似合う青ばかり買うのだろうなぁ、なんて、これまで受け取った贈り物を思い出しながらくすりと笑った。
身体を冷やすといけないから、食後はさっさと支度をしてベッドに入るようナマエに告げてから、俺は急いで風呂を済ませ、寝支度を整えた。戻る頃にはやはり疲れていたのだろう、ナマエはとっくに夢の中だった。起こさぬようそっと頬を撫でると、まるで子猫が戯れるように手に擦り寄ってくるのが愛おしくて、ここで食らいつかない俺偉いなぁと思った。
脳裏をよぎった親友に、据え膳我慢する俺偉くね?と同意を求めたい。きっとアイツは呆れながらも悟らしくないね、と笑ってくれるだろう。表情はいつもの困り顔だ。
そっとサングラスをサイドテーブルに置いて彼女を視る。まるでそこだけが澄んでいるかと錯覚するような、そんな優しい温もりのある呪力がそこに在る。多少弱ってはいるものの、流れは安定していた。もう一度彼女の頬を撫でる。今度は、彼女の輪郭が確かにそこに存在するか確認する様に。
今日の出来事を思い返して、上層部への怒りと同時に、彼女の心の成長が少しだけ寂しくもあった。俺の前でだけ垣間見せる弱さが、ちょっとだけ好きだったからだ。
(……明日はうんと甘やかしてやろ)
それはもう照れ屋の彼女が少し拗ねてしまう程度でもいいかもしれない。何だかんだ言って最後には許してくれる事を俺は知っていて、俺がそんな狡いやつであることを、ナマエはきちんと知っている。やっと勝ち取った休日なのだ。それぐらいの癒しを求めたってばちは当たらないだろう。
眠る彼女の額に唇を落として、俺もそっと瞳を閉じる。今日も彼女の温もりが確かに存在したことを何度も噛みしめながら、訪れた微睡みに身体を委ねた。