「ナマエさぁ……そういう所あるよねぇ」
私たちの朝は早い。悟くんはショートスリーパーだし、私は昔から日光が入れば自然と意識が浮上してくるから。2人で寝ても余白のあるベッドで、悟くんに背中越しにぴったりと抱きしめられながらスマホを弄る、そんな風に早朝の静かな時間を共有するのは好きだ。私の背中には悟くんの温もりが伝わってきて、小さい時はうっかり二度寝をしてしまった事も少なくない。子どもから少しだけ成長したおかげなのか違うのか、今日の私はそうではなかった。
学生の頃は談話室で度々そんな時間を過ごしていた。みんなが任務に出入りする時間帯に、おかえりといってらっしゃいを言う為だけに、私は談話室の主をやっていた。
最期になるかもしれない挨拶をまるで次がある様に投げかけるのが、私なりの「生きて帰って来い」という気持ちの伝え方だった。我ながら不器用だったなと思う。
さて、先程の悟くんの質問に対して何が?と聞こうと顔だけ振り向くやいなや、私の手からするりとスマートフォンを抜き取られてしまった。画面は電源オフを伝えていた。
「久々のデートなのに、何で恵誘おうとしてんの?」
「だってこうでもしないと中々息抜きしないから、あの子」
「アイツら今日は出かけるって言ってた。悠仁来てから恵は割と外出てるからあんま気にするなよ」
口先では恵は大丈夫と言っているけれど、表情は俺の息抜きを最優先しろと訴えていた。久々の休日らしい休日に心から緩んでいるのか、いつもより少しくだけた調子なのが学生時代を想起させる。機嫌を隠す気ゼロな所も昔と同じ。悟くんの言葉や振る舞いこそ変化はしたが、根幹の部分は変わってないことに安心してしまう。
「何ニヤついてんの、えっち」
「ニヤつくのがえっちなら、悟くん毎日そうだよ」
「言うね、怒るよ?」
丁寧な仕草で私の顎を掬い取る彼に「そんな気無いくせに」とは言わなかった。代わりに今日どう過ごす?と訊ねた。昨日服を見に行く、なんて話はしたけれど、今日は土曜日。きっと何処もそこも混雑しているだろう。
小さい時の時間が長かったからか、人の多いところはあまり得意ではない。簡単に人混みに潰されてしまう。悟くんも何方かと言えば人混みは不得手だった筈。彼の場合は六眼が疲れる、というシンプルだけど唯一無二の理由故に共感が難しい。折角の休日ならば、お買い物も魅力的だがしっかり休んで欲しい気もする。うーん。
「あ、そうだ悟くん」
「今度はなに?」
「今日のデートプランをご提案させて戴きます」
「お、いいね、聞くよ」
いつか見た挑戦的な目だ。私が新しいものに触れようとする度に見せてきたその目がどんな意味を孕んでいるのか、今はよく知っている。急かすわけでもなく、待つ時間すら噛み締める様に彼はこちらを見つめていた。
「今日はお家でゆったり映画を観ながら、どんな服がいいかネットで見て作戦会議。夕飯はデリバリーピザなんて如何でしょう?映画とネットサーフィンのお供はスタダの新作のチョコまみれのやつがいい、デリバリー頼もう、ね?どう?」
最高だねそれ、乗った。破顔した彼はげらげらと笑いながら再び私を抱き寄せた。今度は向かい合っているから、行き場に迷い挙げた両手がつい彼の髪を梳いた。それがまるで心地良いとでも言いたげに、目を細めてもっとして、と漏らした。まるで猫みたいだ。ふてぶてしい立ち振る舞いとか如何にもお猫様って感じがする。そう伝えると、昨日のお前も猫みたいだったと言われた。似たもの同士ということでプラスに思っておこう。
久々の二人きりの朝は、夢のように穏やかな時間が流れていた。もう少しだけこうしていてもきっと許されるだろう、そう思いそっと腕を彼の首元に回した。
(その後緊急任務が入り、伊地知くんが悟くんから酷い八つ当たりを受けるのはまた別のお話。)
(デートは暫くお預けになりそうです)