「ナマエに呼び出し?俺が任務で付き添えないこのタイミングで?」
「は、はいすいません……」
「はは、伊地知が謝ることじゃないでしょ」
「そうだよ中間管理職は大変ね」
「もっと言って……!!」
悟くんからキショい、とガチめのタイキックを食らっている伊地知くん(おそらく先日お家デートを邪魔した怨念もあるだろうが、彼が悪い訳ではない、決して。)に同情しつつ、神の無駄遣いにも程がある辞令書に目を通す。
五条ナマエ、上の間に来られたし。
デジタル化が進む現代で、未だ紙文化に縋っているのは教育現場と呪術界じゃないだろうか。……呪術高専ダブルで駄目じゃん。終わったわ。
夜蛾姓になるまではガラパゴスケータイすら知らなかった私ですら、今はExcelをショートカットで処理出来るようになった。おかげで事務さん達に泣きつかれて度々精算処理の手伝いをしていたっけ。
まああれは主に書類関係にずぼらな術師がいけない。忙しいことに理解は出来るが、事務さんだってお仕事でやっているのだ。期限は守って欲しいものだ。他所だったらクビまっしぐらだろう。
「えー、ナマエさん居ないの?」
「ごめんね悠仁くん、昨日の続編見てて良いからね」
「あ!さりげなく逃げようとしてる!ダメダメ、あれは絶対ナマエさんと見るから!俺今日は別のやつ観るから!」
そういってやや乱雑にDVDの山を漁り特訓の続きを始めてしまった。始めこそ暴れまくっていた呪骸も、すっかり大人しくなっている。悠仁くんの集中力と根気強さの賜物だ。
そんな彼を眺めていると、分かっちゃいたが刺さる様な視線がひとつ。私は隠すことでもないので釈明する。暫く弄りのネタにはされそうだが。
「……悟くん知ってるでしょ、私がホラー駄目なの。私が隣でリアクションするのが良い特訓になるんだってさ」
「わー悠仁らしい理由で僕納得」
僕も特訓やろうかな、と言った下心見え見えの悟くんに肘鉄をお見舞いし、私は重い足取りで秘密の部屋を後にした。ここから先は悠仁くんの名前はおろか、匂わせる事も厳禁である。ドアを潜る直前、指を鳴らして悠仁くんの残滓を消した。生きている事が外に漏れるのは御法度である。きちんと消えたか目だけで訊ねると、大丈夫だよと悟くんは言っていた。
上層部は苦手だ。悟くんの腐ったみかん発言ほどではないけれど、幼少期の扱いが大きいだろう。直近の出来事で呼び出される要因はやはり籍を入れたことだが、おめでとうなんて言葉が飛んでくる事は無い。大方五条家に力が偏らないよう、何か縛りを提案してくるか、もしかしたら腐った脳みそなりに悠仁に関する探りを入れてくるのかもしれない。
とにかく、いくつかの可能性とそれにどう対応するか。何巡も思考を巡らせて、ようやくその場へと足を踏み入れた。
「一級術師五条ナマエ、お召しにより参りました。御用はなんでしょうか」
外見ばかりの空っぽな等級審査と結納への祝辞が飛び交うが、さっさと用を済ませたくて仕方がなかった。面倒くさくて指先の爪が伸びてきたなーなんて見つめていると、その爆弾は突然投げ込まれた。
「単刀直入に言おう。五条ナマエ、貴様を懲罰部屋行きを命ずる」
「は、」
今、この人なんて言った?懲罰部屋?私は物心つく前だったが身体がきちんと覚えていた恐怖で滝のように汗が吹き出した。息が切れ切れになったが、これでは相手のペースだと何とか呼吸を整えていく。
「理由を訊いても?懲罰対象になるような事柄は起こしていないと思いますが」
「我々より上のお達しだ、と言えば分かるか」
「嘘」
「嘘じゃない。今のお前は純粋な己の呪力のみで構成されている。邪魔者が消えたおかげで術式の成長が見込まれるというのに、お前はまるでそれをしようとしない。だから、無理矢理にでも術式を深めてもらう」
こいつらは初めから知っていたのだ。私に母が混ざっていることにも、最近になってようやっと解呪されたことにも。呪霊に成り果てていたとしても、母のことを邪魔者扱いされた事に一瞬呪力の出力が強まってしまった。だからこいつらと話すのは嫌なんだ。
術式の事だってそうだ。呪術界の要ともなるこの場所に、どれだけ秘匿されてきた術式の家系だろうと資料の一枚も無いなんてこと、ある筈がないのだ。すぐに理解した。隠匿されているのだと。最終兵器として蝶よ花よと扱われたその裏には、いつか来たる災厄に命と犠牲にしてでもこの地を守れという"呪い"が込められていたのだ。胸糞悪い。
「今まで隠していたものを開示するというのは、私の身体が解呪によって耐えうると判断されたからですね」
「さて、なんのことだか」
「だーからナマエだけ行かせたくなかったんだよねぇ」
その場にいない筈の声に迂闊にも涙腺が緩んだ。緊張が一気にとんで、声の主に縋るように抱きついた。人目なんて気にしていられる程の平常心はもう持ち合わせていなかった。
「五条……任務はどうした」
「一瞬で済ませてすぐ此処に来た。お前らならそれぐらい容易だってこと、分かるだろ?」
するりとネックウォーマーを下げ、美しい双眼を露わにして上層部を見ている。睨んでいる訳でも無いのに、その視線には鋭さがあって、私は少しだけぞわっとした。
「ナマエのパワーアップには僕も異論ないよ。でも、やり方が古過ぎるって言うか、仮にもここは学び舎だよ?もしナマエが生徒だったら同じことをしたワケ?違うでしょ?」
上層部の不機嫌は空気からありありと感じ取れた。私は会話の着地点が見えずただ悟くんの服を掴む両の手に力をこめることしかできない。
「彼女の件は私に任せてもらえません?元々考えていた事があるので。あと隠し持ってる彼女の術式に関する書物、全部閲覧させてもらいます」
ナマエじゃなくて五条家当主なら問題ないでショ?と得意気に口角を上げてみせた悟くんに、いよいよ上層部が折れた。苦し紛れにお小言をひと言ふた言言っていたが、今回の件とは全く関係のない、まさしく「負け犬の遠吠え」であった。
あの重苦しい部屋と後にしてすぐ、何処かから聞いたのか、私の身を案じた正道が駆け寄って抱きしめてきた。悟くんが助けてくれた事を笑い混じりに伝えると、いつか、婚約を決めた時も似たような事があったことを思い出したのか、困り顔の正道がそうか、とだけ零した。