「ここまで隠してたと思うと怒りを通り越して呆れるね」

 こんなにあったのか、と舌を巻きたくなる量の−女のみ一子相伝である−私の持つ術式に関する山の様な古書の数々には、術式の由来から男尊女卑の根強い呪術界で、この術式が辿ってきた歴史、私が知りたくても知る術のなかったものが全て目の前にあった。しかし私はそれらに一切触れることはしない。悟くんからのお申し付けである。
 そんな彼はハァ、と小さなため息を漏らしながら、速読宜しくどんどん捲る。貴重な古書を乱雑に扱う悟くんは、どうやら探している項目があるらしい。あれでもない、これでもないと言いつつも一冊だけよけたのを私は見逃さなかった。けれどそれにわざわざ言及することはしなかった。彼も私が気づいた事に気づいているだろう。
 あった、とページを捲る音がぴたりと止まる。私は文字を追っていた指先を覗き込むと、そこにあったのは「呪力制限の解除」の一文。

「ナマエ、俺の指導はキビシーから、覚悟してね?」

 満面の笑みでこちらを逃さんとする悟くんに、私の血の気が一気に引いたのは言うまでもない。





「……で、ナマエさんも一緒に映画鑑賞をするんですね」
「ごめん悠仁、私の居る間は全部ホラーになるからよろしく」
「落ち着きなって〜震えすぎてソファがマッサージチェアみたいになってるよ」

 落ち着ける訳がなかろう。私は幼少期から慣れ親しんだ私カスタムの呪骸を抱きかかえて精一杯の恨みを込めて悟くんを見上げた。そんなものへとも思わない彼は、チャプターを選ぶ画面で既にリタイヤしたがる私をガッチリと押さえつけていた。「これナマエと悠仁同時に特訓出来て僕の癒し補給も出来るから最大効率じゃない?」とクソほどしょうもないことを言っている。

「で、なんでナマエさんは特訓なんですか?俺と違って今更安定とか不要でしょ?」

 すっかり呪力の安定に慣れた悠仁くんは、映画を観ながら尤もな質問をしてきた。生憎答える余裕のない私は、私を背後から捕まえて逃さない悟くんに肘鉄で代弁を促す。

「ナマエの持ってる呪骸はね、悠仁のとはちょっと違うんだよ。僕が学生の頃から一緒に居たから、もう10年の付き合いになるんじゃない?」
「物持ちいいんすね」
「で、この呪骸はナマエの出力する呪力を感知して、必要以上に出てる時にアラームが鳴るんだ。術式の過剰使用を避けるためだね。で、今はそれとは逆の使い方をしてるワケ」
「……一定量を下回ったら殴られる、とかですか?」
「悠仁せいかーい!ただナマエの呪骸は殴らないよ。代わりにナマエの呪力を強制シャットダウンする。まあ昔の仕様から変わってなければ、だけど」

 高専に来てから初めて正道から贈られたのがこの子−私専用の呪骸だった。パンダ程ではないが、身振り手振りで意思疎通が出来る。長年の使用で私の呪力により呪物化してしまったのだろう。……いや、呪骸の時点で呪物ではあるのか?

 とかくそうしてこの子は私の相棒として任務では度々ストッパーとしてお世話になっていた。もちろんこの子のキャパシティを超える事もあるし、その際は直ぐに正道に通達が行く仕様になっている。
 長年可愛がってきたクマ耳短足が愛らしい彼だが、今日ばっかりは可愛くなかった。主人の私じゃなく「主人が強くなるためだから」とものの見事に言いくるめられ、悟くんの言う様に一定量を超える呪力を出し続ける私を、頑張れ頑張れとでも言いたげに膝の上でぴこぴこと両腕を動かしていた。

「枯渇する……干からびる……しぬ……」
「俺ナマエさんがこんな弱ってるの初めてみました」
「今日の夕飯は悠仁だねぇ」
「うるさい悟くんしんで」
「なんで?!!」

 悠仁くんの特訓期間中、私は(主にホラー映画のせいで)寝不足が続いた。恩人に見えた悟くんが鬼畜に見える。この特訓が終わったら一発蹴りをお見舞いしよう。その為に術式を使うぐらい許される筈だ。ちくせう。



化けの皮の裏の裏


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