「……で、嫉妬ダラダラなのをナマエに見せたくなくて私の所に愚痴りにきたってワケか。クズだな」
アイツ相手に隠せるワケないだろ、と盛大に呆れ顔を向けた硝子の手にはご指名された日本酒。今日いる?とメールしたら、返事内容が日本酒の銘柄なのはもういつものことだ。僕もナマエも酒を飲まないから、どれぐらいの価値のものかは、手遊びしていた黒いカードだけが知っている。
「あいつは精神年齢だけでいえば実年齢より遥かに高い。そこはキチンと割り切ってるだろ。実際キスされた理由を誰にも聞いちゃいない」
「された事実を隠されたことに怒ってんだよ僕は!」
「それこそナマエなら言わないだろ。ましてやアイツが消えた直後のお前に、だぞ」
正論に正論を畳み込むように連ねられ僕は返す言葉もなかった。これ以上失うのが怖くて真っ先にナマエを繋ぎ止めた。硝子のことは貴重な反転術式の使える人材として高専が手厚く保護すると分かっていたが、ナマエに関してはワケが違う。常に危うい立場だった彼女が、いつ傑討伐に任命されてもおかしくなかった。そしてその時はきっと、命を賭しても遂行するよう、上層部は契りを結ぼうとするだろう。
今思えばやりようはいくらでもあったが、恋心を自覚していた俺も、どれだけ周囲に天才だ何だと持て囃されようと人間なのだ。婚約の形を選んだのは、間違いなく僕のエゴだった。当時の硝子は否定するでもなく、ただ紫煙をナマエに向けて吹きかけてから「五条お前、ホント不器用だね」とにたりと笑っていた。何かあったら許さない。その時は私が貰うぞという、明確な宣戦布告である。
そんな言外での戦争に気づきもしないナマエは、煙いよ〜だの副流煙が〜だの明後日の会話をしていた。
そんなだから気付かないのだ。今のお前が今の高専にとって、どれだけ大きな損失になりうるか。能力の問題ではない、彼女という存在そのものに支えられ、救われた人間が多く存在するのだ。そんな彼女は多くの人間の呪いを浴びて生きている。愛情というこの世で最も強固で、ときに深い闇を纏う、けれども温かな呪いだ。まるでゆりかごのように丁寧に編み込まれた愛情にくるまれた彼女は、今もなお自分がハリボテの心の持ち主だと思っている。傷が浅くて済むなら、そのまま優しい繭の中で無垢なまま眠っていてくれたらいい。ただ世の中はそんな都合良くは出来ていなかった。
『ほう?あの娘、女相伝術式か』
眠る彼女を舐め回すように見つめる宿儺に、殺せるならば今すぐ殺してやりたいと思った。避けたかった事ではあるが、いずれ呪いの王・両面宿儺に彼女の存在が知られ、関心を持たれるのは予想の範囲内だった。だからこそ、ナマエには宿儺を跳ね返せるぐらいの力を身につけてもらわなければならない。虎杖悠仁という器が、その責務を全うし終えてしまう前に。
「で?その大事なナマエチャンは相変わらず軟禁中なワケ?」
「誤解を生む言い方やめてくれよ、愛ゆえの鞭だよ?夜は家で寝かせてるけど、夕飯までは篭ってるね。あんまり一人にしたくないんだと」
「あ〜……言いそうだわ。ナマエも似た境遇経験してるから余計かもな。コレ持ってけ」
名前こそ出さないが、誰のことかは容易に理解できた。似た境遇、なんて言葉では生易しすぎる比較だが、それ以外の表現は難しい。出来るだけ一人にしたくないという硝子の予測も概ね当たりだ。僕としてもどちらにも一人になることは避けて欲しいので、一緒に居てくれるのは都合が良い。
最近は七海が悠仁を連れ出すのでナマエ1人になることが増えたが、彼女には護衛の呪骸達も、何かあった時に発動する僕の渡した婚約指輪がある。10年前に渡したそれは、傷まみれになった今でもネックチェーンだけ何度も買い替えてずっと彼女の首元で煌めいていた。
「で、硝子これは?バレンタインには早くない?」
「アンタにじゃないわよ馬鹿。ボトルの可愛いやつはナマエ宛。チロルのファミリーパックは五条達で食べな」
「相変わらず硝子もナマエ贔屓だねぇ」
「悪い虫から守らないといけないからな」
臍の下辺りをボールペンの先で柔く刺された。彼女の表情が一瞬で冷めたのは、おそらくナマエの解呪が成功してすぐ、僕の行き過ぎだ悪戯を思い出したせいだろう。正直な話、未遂で済んだんだからむしろ褒めて欲しいぐらいだ。
「真面目な話、ナマエの身体の構想は特殊だ。仮に同意を得られたとしても、今は駄目だ。未熟すぎる。負担が大きい」
「わァーーーっかってるってぇ……」
この会話はもう何度目かもわからない。あの悪戯以来、度々引っ張り出しては説教を受けている。ナマエに対するコイツの愛情も大概行き過ぎているというか、少し歪んでいる。意味を理解した上で紫煙を吹きかけたあの頃の硝子を思い返す。……コイツもある意味でナマエの存在に救われた一人なのかもしれない。
「ほら、油売ってないで早くナマエに届けろ五条デリバリー」
「……へいへい」
「ああそれと五条」
ぽい、と投げられた長方形の箱を見て、思わずぴしり、と固まった。
「我慢ならなくてもちゃんと着けてヤレよ」
「硝子お前面白がってンだろ!!!」
「ははは!」
手軽に買えるものじゃなく、無駄に高価な避妊具を寄越してくるから俺は頭を抱えるしかなかった。これもきっと自室の奥の奥に仕舞われることになるのだろう。ハァ……。