「あれ、こっちにナマエ来てない?」
「少し前に先生探しに行きましたよ」
「ありゃー入れ違いになったか」
ナマエさんがまた明日ね、と去って入れ替わる様にやって来た五条先生は、どうやらナマエさんを探して訪ねてきたそうだ。先生が会議の間、京都校の様子と伏黒の容態を見てくると言っていたナマエさんだったが、伏黒の(大所帯による精神的疲労が原因)容態を見て、安静にさせようと気を遣って早めに退室してくれたのだろう。
そんなナマエさんのことを追ってすぐ退室するかと思われた五条先生だったけど、釘崎が出しっぱなしにした簡易チェアに腰をおろして何話したの?と訊ねた。伏黒の眉間には深い皺が刻まれている。
「嫉妬は見苦しいですよ。ましてや生徒相手に」
「流石にもうないよ、ようやっと苗字まで僕のものにしたからね!そーゆうんじゃなくて、純粋な興味?かな?」
「……生きててくれて、ありがとう、とだけ」
いつもの飄々とした様子でテンポよく饒舌だった五条先生が、止まった。伏黒は何か事情を知っているのか、はたまた長い付き合いからか、その言葉を重く受け止めている様だった。俺はてっきり無事で良かったとか、そういう気持ちから出たものだと思っていたから、目の前の二人の空気に息を呑むことすら憚られた。
「アイツはね、沢山の救われない命を見てきたんだ。それこそ僕なんかよりよっぽど沢山の数の、しかも他人じゃない命だ。目の前でなくした命も沢山あった。だから、今日の言葉は決して軽くない。悠仁も覚えておいて」
「ナマエさん、は……優しすぎじゃないスか」
「虎杖、」
「いいよ恵、悠仁の指摘は最もだ。正直僕もなんでアイツが闇堕ちせずに居られるのか意味分かんないもん」
結局イカれてんだよね、ナマエもさ。そう言った五条先生は簡易チェアから離席して、そろそろ行くよ。と背中を向けた。姿が見えなくなるほんの数秒、俺は堪らず言葉にしてしまった。
「俺もッ……どんだけ強いってわかってても!五条先生とナマエさんが無事で安心しました!」
扉の端から見えたピースサイン。俺の想いは無事伝わったようで安堵した。そんな俺を見てお前らしいよ、と伏黒が言っていたことには気づかなかったが。
「お、此処にいたいた」
「五条悟テイク2じゃん」
「悟くん会議終わり?お疲れ様」
予想通り、着慣れない袴姿と初めて使った己の反転術式で疲れたのか、ナマエは硝子の元でココアを啜っていた。何の話をしていたのか聞くと、先程僕に言っていた家に招待することについてだった。ナマエも僕も酒は飲まないので、持参するから合うツマミが欲しいとねだっている所だったらしい。
「日本酒って甘いとか辛いとかあるんでしょ?私何が合うとか分かるかなぁ……」
「飲まなくても飲み会でメニューは見たことあるだろ。そういうの」
最悪好きなもの作ってくれたら何が来ても良い様にフル装備でいくわ。と両脇に酒瓶を抱える素振りをみせる硝子を見て、ふくふくと笑うナマエの姿にホッとする。
忌庫へ行くように指示したのは天元様らしく、それだけで生徒たちの状況を理解した彼女は、さぞかし気が気でなかっただろう。紙面上で無事と知っても、直接見て確認したがるのは昔からである。普段なら軽く言葉をかけるだけの彼女が、悠仁と恵にわかる様な言葉を吐いたのだ。相当参っていたのだろう。
(或いは他にも何かあったか……?)
隠すのがべらぼうに上手い彼女に、探りを入れるだけ無駄だと諦めた。とりあえず今は、硝子との予定で頭いっぱいに心も満たされているのならいいか。と触れずにいることにした。
学長の言う通り彼女は賢い。きちんと必要だと思えば言ってくれる。
これが過信だったと知るのはまだ少し先の話である。
「……それ絶対正道怒るじゃん」
「だから内緒にしててよ」
明日の仕込みの話をすると、ナマエは諦めたのか帽子と日焼け止め何処しまったかなぁなんてソファの上でゆらゆら揺れている。なんだかんだ言いつつも、仕込みでやる予定の学校対抗野球は楽しみにしてくれているらしい。
本当なら明日は任務が入っていたらしいのだが、天元様との予定により試合の観覧欠席を余儀なくされたナマエを案じた伊地知が、なんとか調整してあけてくれたらしい。(ちなみに高難度の任務はひとつ返事で七海が請け負ってくれたとか。)
しかも次こそ他の予定が入らぬよう、昨日の件を踏まえての「生徒の補助」という名目なので、実質仕事であるが、彼女にとってはどちらも変わりない。
「ねぇ悟くん」
「んー?」
「最近ね、教員免許取ろうかなって思う時があるんだよ」
「ん?!」
「でも、教員としてじゃない、この立ち位置だから見える事があって、出来る事があるのかなって思ったの」
「うーん?」
「だからね、こうやって教師でもない私を、みんなと関わらせてくれてありがとう悟くん」
「……うん、こちらこそ」
向けられた満開の笑みは、死への恐怖よりも生き抜いてくれる彼らへの信頼感に満ちていた。その彼らには、僕も夜蛾学長すら入っているのだろう。
揺れる事こそあれど、最後には必ず生きる事を、生き抜いてくれる事を信じてしゃんと立つ彼女は、魂の底から美しかった。