「お前は何故我々を祓わんのだ」
「まってパンケーキ冷めちゃう」
「マイペースか貴様」

 呪霊、おそらく仮想怨霊と思われる一つ目の奴に訊ねられたが、今の私は目の前のふるふると揺れるパンケーキが最優先事項になっている。冷めたら勿体無い。怖いもの知らずだなぁとクスクス笑う偽夏油くんは「食べながら聞いてよ」と言うので有り難く咀嚼を続けた。
 彼らの金銭面がどのようになっているのかは知らないが、偽夏油くんという呪詛師の存在がある以上、どうにでもなるだろう。かつての夏油くんの宗教団体の財産という可能性もある。そういう面倒な考え事は私向きではないので、気を遣わなくていい相手のお金で美味しいものを食べられることに喜ぶに留めておこうと決め込む。

「単刀直入に訊くよ。此方側に来ないかい?」

 ぴたりと最後のひとかけらに伸ばしたフォークが止まる。こちらがわ。グサリと刺したパンケーキと共にその言葉を咀嚼する。
 顔を上げて、その問いが純粋な質問なのか、はたまた脅迫なのかを窺う。いや、脅迫するならこんな閑散としたカフェの一角よりも、先程まで居たショッピングモール内のカフェの方がよっぽど"人質"が多かった。これは単純な問いだと捉えていいだろう。

「答えは決まってるけど、一応聞かせてくれない?何故私なの?あなた以外は納得してることなの?」
「君は仮想怨霊に限って言えば、祓うことに対して消極的だろう?」
「……何故そう思ったのかな」
「任務中の君の姿を見た時に思っただけさ」

 少し訂正したい。私は全ての仮想怨霊に対してそういうわけではなく、あくまで怨霊となった経緯によっては消極的にならざるを得ない、ただそれだけのことだ。少なくともいま目の前にいる彼らの事を祓うことは、私は躊躇うだろう。分かりやすい見た目から凡そ何の仮想怨霊なのか、どういう経緯で怨霊となってしまったのか理解できるから。

 人間が勝手に恐れて勝手に生み出してしまったものを、どうして殺せようか。等級審査任務の少女もそうだったが、人間は勝手に祀りあげるだけ祀りあげて、最後は忘れてしまうのだ。それは、幼少期の私のことを散々祀りあげてるくせに、勝手に恐れ、隔離していた大人達と大差無い。だから、私には彼らを少なくとも任務中でもなければ任務対象でもない彼らを殺すことは出来ないし、する気もない。勿論いまこの場で周囲に害を為すなら話は変わるが。

「変わった女じゃな」
「一つ目の呪霊さんは土神とかの類?お名前窺っても?」
「……どこまでも気味の悪い女よ」
「悟くんにこてんぱんにされたこと、あるでしょ」

 見たことのある呪力だと話せば、なんと領域展開されてなお生還したという。おお、と感嘆の声を上げると、気分が乗ったのか自分は漏瑚だと名乗ってくれた。長髪の人は名乗らずとも「真人」という名前だけは知っている。報告書で見たのもあるが、先程ショッピングモールで散々ふざけ倒しては名を呼ばれていたからだ。本人曰く、人間同士の恐れから生まれた呪いだから人間らしくて当然なのだと言う。

「呪術師という肩書きが無かったら、私もそちら側の存在として淘汰されるんでしょうね」
「意外と私が誘った理由を理解しているじゃないか」
「確信に近い推測があるからって事実確認を怠るのは愚かだと思うよ」

 アイスティーを飲み切り、私は席を立つ。あの日と同じ、私は今日誰にも会ってない。この遭遇を誰かに報告することはない。偽夏油と呪霊達もそれを察してくれたのか、特別引き留めることはせずに私が店を出るまで何かを言うこともする事もしなかった。





 今夜は悟くんが帰ってこない。久々の泊まり出張に文句を垂れていた悟くんを思い出す。新婚様だぞ!だの、だったらナマエも連れてってプチハネムーンにする!だの、散々喚いては伊地知くんと後から来た正道を困らせていた。
 まあ泊まりに関しては、まだ復学したばかりの悠仁くんが心配なのもあるだろう。また自分がいない間に何かされてはたまったものではない。そこで私の提案で何とか妥協してもらったのだが、まさかこんな事になるとは思ってもみなかった。

「よーすナマエ!お邪魔するぞ」
「おかか!」
「ナマエさんお邪魔しまッス!」
「いらっしゃいみんな、改めて見ると本当大所帯だなぁ」
「ちょっとアンタ達挨拶は良いけど靴揃えなさいよ」

 なんと悠仁くんをウチで預かろうと提案したところ、まず悟くんから2人きりへのNGがでた為一年ズ纏めて預かろうとなり、それを彼らが自慢げに話した事で二年ズまでもが行きたい!ずるい!と悟くんに詰め寄ったのだそうだ。

「結局泊まり組は誰なの?」
「一年だけだな。アタシらは明日朝イチで任務あっから」
「あら、じゃあ二年ズは憂太が戻って来たら次こそお泊まり会やろうね」
「おい言質取ったぞ!録音してたか棘」
「しゃけ!」

 炊飯器じゃ絶対賄えないと分かっていたので、ご飯は事前に鍋で大量に炊いておむすびにしてある。メインとなる鍋は生徒のみんなにお任せして、私はそんな彼らの楽しげな様子をただただ眺めていた。日中の出来事を消し去る様に、そうしていたかった。

 あの時答えは確かに決まっていた。
 私は彼らの仲間になんてならない。

 でも、もし出会う順序が異なっていたら、私も呪詛師側の存在になっていたかもしれないと、余計な思考はそっと箱の中に仕舞い込む。
 人は、他者を通して己を知るという。私の過去の境遇が如何に人道に外れた事だったかを思い知ったように。
 しかし幸いにも今の私には、正道が迎えてくれて、悟くんが見守ってくれて、生徒達が温かく関わってくれる生活がある。
 そして呪術師という「祓わねばならない者」という絶対的な立場を確立した。だから、決して揺らいではいけない。揺らぐ事を周りに悟らせてはいけない。揺らげばあの偽夏油くんの様に、するりとつけ入ろうとする人間が出てくるだろう。
 今在るこの日常を守ることだけが、今の私の『ものさし』なのである。

 ものさしを無くした時どうなってしまうかなんて、私は考えたくもなかった。



世界から隔絶された気がした


ALICE+