身体が夏油くんなだけあって、体術のひとつひとつに圧があった。恐らく一発でも貰えば、この軽い身体では暫く立てないだろう。慎重にかわしながら、呪霊操術で顕現された呪霊を切り祓ってゆく。切れ味が良いのは呪物たる所以である。喰った呪力の分だけ切れ味は鋭さを増し、斬撃は広範囲に及ぶ。身体が小さい頃からの愛刀は、衰えを感じさせない勢いをもつ。
事前に用意しておいた呪符も使いながら、極力術式を使わない戦い方を選ぶ。術式を使うのは、相手を道連れにすると決めた時だけだ。
「百鬼夜行で吐いた後とはいえ、それなりに期間があったんだからもっと強い子がいるんじゃないの?」
「そうはしゃぐなよ、もっと楽しもうじゃないか」
キィン、と呪霊の爪を捉えた刀身から軽快な音が響き、一旦後ろに下がる。渋谷駅ホームまでの距離を目算して、悟くんの邪魔をさせないように最低限の距離を保つ。
「ねぇ、何故貴方は私を勧誘したの?」
「君の術式に興味があった。それだけさ。」
「術式?」
「術式『姫彼岸』は生を司る女しか扱えない稀有な術式だ。どこまでの変化を与えられるのか気になるじゃないか」
呪術の限界が知りたい。その探究心だけがこれだけの惨事を引き起こしていると思うと、底知れぬ闇に悪寒が走った。
今回張られた帳は悟くんのみを受け入れる構造になっていたが、それは交流会の時に張られたものと逆のものだということだ。あれも今思えば前準備と言う名の実験だったのだろう。悠仁くん達を襲ったという受胎九相図の受肉体や真人と呼ばれる仮想怨霊、彼らの接触も悠仁くんという『宿儺の器』を狙っていたのかもしれない。
違和感を覚えた時点できっと周知すべきだったのだ。分かっている。けれど、私の中の譲れない部分がそれを拒んだ。人間の勝手で生まれた仮想怨霊を殺したくない。そして違うとしても、見目が夏油傑である彼を、私は悟くんに殺させたくなかった。そんな甘えが招いたことなら、この身を以て償う義務がある。
はっと、騒めくような呪力が猛スピードで迫ってくるのを感じて思わず振り返った。偽夏油くんは来たね、と訳知り顔で線路の先を見ている。
間も無く、真人と呼ばれた呪霊の呪力が乗った電車がホームへと滑り込む。ただでさえ人でごった返していたのに、改造人間が雪崩れ込んでいよいよ渋谷駅ホームは混沌としていた。呪力が右往左往する様子だけでその混乱っぷりは充分伝わってきた。思わず舌打ちをした私は再び愛刀に呪力を喰わせる。
「真人も着いたし大詰めだね。そろそろ道を譲って貰うよ」
「それは承諾しかねるかなぁ」
「そうか、ならば残念だが死んでくれ。この身体の次は君に乗り換えるのも良いと思っていたのだけど」
「生憎さすがの渋谷駅でも私への乗り換え路線は無いので」
殺せなくても獄門疆だけは奪取したいが、そう現実は甘くないだろう。いよいよ腹を括る時かもしれない。
(最悪術式使っても呪物相手なら命は残るかな……)
特級呪物を消すのにどれだけの代償が求められるか計りかねる。それでも悟くんの封印は絶対死守だ。私は再び彼目掛けて地を蹴り上げた。一直線に懐に突っ込むと、間に滑り込んだ呪霊に邪魔をされる。鬱陶しい!全力で切り伏せた瞬間、身体に呪力が流れた。よく知る呪力だ。悟くんがほんの数瞬だけ領域展開をしたと悟った。(まずい)私よりも初動が早かった偽夏油は私の横をすり抜けて、間も無く悟くんの間合いに入ろうとしていた。
「ごめんね、やはり君のことは殺せないみたいだ」
「ッ、待て!行かせない!!」
「やあ、久しいね。悟。」
「……は、」
「悟くん!見てはダメ!!」
突如名を呼ばれて、嫌というほど聞き馴染んだそれに耳を疑う。何故お前が。確かに俺の手で殺した筈なのに、どうして。そう考え出す刹那、数日前に消息を絶ってからずっと会いたくて止まなかった姿を視界に捉えて目を見開いた。
「ナマエ!!」
「悟くん伏せて!!!」
既に振るうモーションに入っていた彼女の愛刀を見て咄嗟に自身の無下限の出力を上げた。僕の身体をすり抜けた呪力は確かに彼女のもので、状況から見るに内通者でなかったと分かり束の間の安堵を得る。
「ッ、術式反転、『消息盈虚』!!」
放たれた術式は開きかけた目前の呪物の箱と競り合っている。そんな彼女越しに見える姿はやはり何度見ても見目も呪力も、何もかもが傑そのものだった。にも関わらず、俺は拒否反応を示している。偽物ではない。六眼を騙せる程の擬態など聞いたことが無い。
「コイツは夏油くんの死体に憑いてる!だから呪力も同じで当然なの!でも精神は違う、騙されないで!!」
ナマエの言葉に目を見開いた。そうか。それなら合点がいく。そうか、まだお前は現世で苦しんでいたのか。俺の爪が甘かった所為か、そうだよな。ごめんな、傑。
「やっぱり消しきれないか……お前は一旦お預けだよ獄門疆!」
「おや、私を切るのかい?親友の目の前だよ?」
「貴方は夏油傑じゃない。私の最愛の人を苦しめるのはもうやめて」
ある程度弱らせられた開きかけの呪物は、一旦呪符で封じ込められた。彼女の呪符ならば、数刻は持つだろう。封じたのを確認するやいなや、呪霊操術で現れた呪霊の鉤爪とナマエの刀が重々しい音を鳴らしてかち合う。これまで彼女から感じた事のない殺意に、彼女がどれだけの覚悟をして消息を絶ったのかを思い知らされる。俺の知らないところでどれだけの葛藤を抱え込んで、その修羅場に姿を現したのだろう。
「貴様の相手は我々だ、五条悟!」
「お前らまだ居たの?無粋だな」
改造人間製造機の姿はない。この場には残り二人の呪霊。戦い方から見るに、一人は受胎九相図の受肉体だろうか。
本当はナマエに聞きたいことも、話したいことも、山程ある。けれど今この場は適材適所がある。タイマンはナマエの方が圧倒的に有利だろう。まずは目の前のことを片付けて、それから全て吐かせてやろう。とりあえずナマエが消える羽目になったのは、今回のこの騒動を予見してのことだとだけは理解した。
「お前ら、楽には死なせてやんねーよ」
さっさとお前らを片付けて、俺は数日ぶりのナマエを抱きしめたくて仕方ないんだ。