「ハァ?俺がコイツのお守りだぁ?」
「ああ、ナマエは生まれてこのかた、呪術界から一歩も出た事がない」
コイツ、とは言うまでもなく私のことで、正道の言うことは事実である。私は忌避され、必要な時に必要なだけ使われる、それ以外は箪笥の奥底に隠すかのように結界まみれの部屋に放り込まれていたのだから。それが当たり前だったから、高専に来てからも自発的に「外に出たい」なんて言ったことも思ったこともない。
さて、それなら何故冒頭のやり取りがされているのか。正道曰く、「知らないからそもそも興味を持たないのだから、とにかく行ってこい」だそうだ。そういって渡されたうさぎポシェットを見て、この人は私の年齢を本当に把握しているのだろうかと疑ったが、外見にはカチリとはまりこんでしまっているのでそのままされるがまま今に至る。
「まーまー、良いんじゃない?ナマエの服とか身の回りのもの買い出し行こうよ」
「硝子、ちゃっかり自分の買い物もして僕らに持たせる気だね?」
ばれたか、とぺろりと舌を見せる硝子ちゃんを見て満更でもなさそうに笑みを浮かべる夏油くん。夏油くんには妹さんが居るらしく、度々私を重ねては甘やかしてくれるので、今回もその類だろう。
「まあまあ悟、これは任務な訳だし全部経費で落ちる。4人で豪遊しに行こうじゃないか」
「こら待て、経費で全部落ちるわけじゃ……」
「イェーイ!ナマエ何処行きてぇ?っつわれても分かんねーか、硝子に丸投げで良いよな」
「ちゃんと荷物持てよ?クズ共」
初めて見た世界は、彩度が高くて目がチラついた。薄目で手を繋ぐ私の姿を見て硝子がからからと笑う。高専内でも比較的奥深い部屋から学生寮に引っ越したのは一昨日のこと。手伝ってくれた3人(五条くんは殆ど持参の漫画を読んでた)に最低限のものと色素しかない私の部屋を「これはマズイ」と言われた。クローゼットも全く同じ黒のワンピースと予備の黒いショートブーツ、そして白いキャスケット帽があるだけ。滅多に術式を使わないとはいえ、いつ縮んでしまっても困らない様にワンピース以外の服は着ない。なにより仕事以外で外に出ない私にとって、黒以外の色彩は不要だと思っていたから。
「じゃあ明後日は、ナマエに合う色のワンピース買い出しィ〜夜蛾センに一番似合ってるって言われた奴が賭け金総取りな〜」
手伝いはしないけど、そういうことを思いつくのだけは一番乗りである。もう好きにしてくれ。
「ナマエは暖色より寒色系の方が似合いそうだけど、年相応の店だと中々無いな」
「硝子ちゃん目が本気で怖いよ……」
「クズ共にセンスで負けたくない気持ち分かって」
「ああ……」
ウンウンと目の前で唸る硝子ちゃんにもう何も言えない。大人しく店前のソファに戻ってぽすんと座った。隣を見上げると楽しそうに夏油くんがこちらを見下ろしていた。妹さんが居るらしく、この時間が楽しいと先程言っていた。
「悟はあそこの珈琲店テイクアウトしに行ったよ。僕たちの分も買ってきてくれるから待ってよう」
「……何で五条くん探してるって分かったの?」
「ナマエは素直だからなぁ」
表情はまだ硬いけどね、とくすくす笑う彼は本当に楽しそうである。ひらひらとピースサインをみせるのは、おそらく2人で買い出しジャンケンでもしたのだろう。やはりなんだかんだ彼らは仲が良い。
「買ってきた〜傑のこれな。ナマエ、お前はココアで良かった?」
「え?」
「お前ココアジャンキーだろ」
渡しかけた五条くんの手は、中途半端に私との間で浮かんでいる。どうして私の好物を知っているのだろう。訊かれたことも無いし、ましてや出会ってまだ数日である。
「お前の部屋、ココアの粉末あったじゃん」
彼の観察眼は馬鹿に出来ない。確かに生活感も色素も無い私の部屋の数少ない住人に、お湯で溶かすタイプのココアが唯一の食糧としてストックしてある。本当に良く見ている。手伝ってなかったのに。
有り難くカップを受け取った。早速いただこうと思ったけれど、見慣れないプラスチックのフタに首をかしげる。
「……もしかしてあけ方、分からないのかい?」
「マジかよ……夜蛾セン過保護にも程があンだろ」
呆れ気味な五条くんだったが、片手で自身のカップを持ったまま、もう片方の手でパキン、と難なく開けてくれた。元々香りはあったが、一層ふわりと広がった甘い香りに思わず口角が上がった様な気がした。
「あ……これいくらだった?」
「過保護な保護者サマから事前に預かってる」
ピ、と指に挟んでみせたのは万札が数枚。確かにこれは過保護だ。きっと1円も残らないだろうなぁと思いながら、ずず、とまだ熱いココアを啜る。熱々のそれをおそるおそる飲む姿に安心したように、五条くんは冷気を帯びたストローを啜った。
「……それなぁに?」
「フラペチーノ。飲んでみるか?」
「悟のカスタムだと苦いからやめておきな、ナマエ。私もアレは飲みたくない」
「……ひとくち、だけ。知らないから」
「フーン……イイじゃん、ほら」
五条くんはなんだかんだ優しい。今回の外出も始めこそ面倒くさがっていたのに、いざ来てみるとアレは知ってるかコレは知ってるかと、私に沢山のものを見せてくれた。今挑戦的な目でこちらにストローを差し出している姿も、新しいものに遭遇する私の反応を楽しんでいるのだろう。
意を決してゆっくりとストローを啜る。あまり混ぜられてなかったせいか、苦味成分だけが口内を襲う。
「選んできたぞー……ってどしたのナマエ」
「ほら見ろ、ナマエが宇宙猫みたいになってるよ」
「ハハッ、次は抹茶フラペだな」
次も一緒に来てくれるのか、と口内の苦味とは別の、何処から湧き出ているのか分からない甘味で胸がいっぱいになった。私はこの甘味の意味を理解するのは、もう少しだけ季節を巡ってからの話である。