「もう3月かぁ、早いなぁ」
「いや、何なら4月目前に迫ってるんだけど」
「3月は3月だもん」
ピッピッと無機質な計測器をつけたままぶすくれた顔で紅茶を口にする彼女の隣で、パイプ椅子に座る僕はコーヒーにスティックシュガーをざぁざぁと入れていく。溶け切らないとかそんなことはどうでもいい、短時間で糖分を取れれば。
ナマエが目覚めてから数日、経過観察を続ける彼女の元には多くの術師や補助監督が合間を縫って会いにきていた。近いうちに京都校の面々も訪れるとか。繁忙極めていた父・夜蛾学長も昨日ようやく顔を出したと思えば、盛大な男泣きを披露したらしい。生憎居合わせたのはナマエ本人とパンダ、そして硝子のみである。
「あ、計測終わった。しょーこちゃぁーん」
「ハイハイ、待ちなされ」
「どう?お外出ても平気そう?」
「ああ、問題ない。ただ筋力が落ちてるから、歩く時気をつけろよ」
「悟くんと悠仁くんが付き添ってくれるから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
ふわりと笑う彼女は今日、目覚めてから念願の墓参りへと赴く。ひとつ学年が下の二人の名が連なる墓は、高専所持の集合墓地に存在する。
渋谷事変で失われた命の中に、大切な後輩の名前が連なったことを知ったナマエは、力になりたかったとはじめこそ泣いていたが、落ち着いた頃には「外出許可出たら会いにいきたい」「話途中だったカフェの話がある」とか、まるで日常の延長を生きてるかの様な物言いだった。七海をナナミンと呼んで懐いていた悠仁も「ナナミンに託された言葉を嘘にしたくない」と言って、日々励んでいる。
七海の墓参り。その実、呪いを受けた身体はそこに眠ってはいないのだが、弔う気持ちが大事なのだとナマエは言った。事前に悠仁にも声をかけていた彼女は、時間通りにやってきた悠仁に挨拶代わりに優しく抱きしめた。目覚めてからの彼女は、こうして生徒たちを安心させようとすることが習慣となっていた。触れた瞬間、守護の力を持つ彼女の呪力が僅かに流れているのを、僕の目は知っている。
「悠仁くんおはよう、朝ごはんはこれから?」
「一応軽く済ませてきた!けど全然食える」
「本当?良かったら外で一緒に食べよう」
私まだなの、と微笑む姿は、無償の愛を与えて回るようで、どこか不安を覚えるものがあった。−−傑が離反した時と一緒なのだ。今回は始めこそ涙していたが、それ以来一度も悲しみを見せる事は無い。皆が変わりゆく中で、彼女だけは変わらずにいた。今回の七海の件でも「向こうでも変わらず灰原くんに振り回されてそうだなぁ」なんて笑っていた。
悠仁とモーニングの相談をするナマエを眺めていると、勢いよく肘で小突かれた。勿論犯人は僕にこんな対応出来る数少ない1人、硝子である。
「心配なのは分かる。でも私の親友は弱くないぞ」
「……分かってるよ」
硝子の言葉は尤もだ。それでも多少の過保護は許して欲しい。こちとら親友と嫁、2人も身近な人間に姿を消されたのだから。
「七海くん、会いに来たよ」
「ナナミン俺もまた来ちゃった」
遠巻きに、悠仁に支えられながら七海に語りかけるナマエの背中を眺める。元々七海は僕たちの代の中だとナマエに一番心を許していたように思う。(ナマエ曰く「悟くんは屑だから尊敬されてない」らしい)
悠仁を介して、この一年は特に関わる時間は長かったであろう。学生時代から特殊な立場にあるナマエのことを気にかけてくれていた七海には、彼女の等級審査の際も本当に世話をかけた。僕に頼まれて嫌そうな顔はするくせに、ナマエの為と知ると二つ返事で承諾するのだから、恐るべしナマエの人たらしパワーである。
「あれ、悠仁ナマエは?」
「少しだけ一人で話したいって。五条先生、ナナミンとナマエさんって仲良かったの?」
「まあ一つ下の学年は二人しか居なかったからね。けっこー構いにいってたよナマエは」
「そっか。ナナミンとナマエさん、よく話してたからさ」
「へぇ?どんな話してたの?」
「ナマエさんが無自覚で五条先生のこと惚気て、その度にナナミン呆れてたよ」
いつかの会話風景を思い出しているのか、柔らかい表情で悠仁は語る。呆れながらも決して彼女の話を止める事はせずに、いつも最後まで静かに聞いていて、何だかんだナマエさんだけじゃなくて五条先生のことも大事にしてるんだなって思ったよ、なんて言ってくれるのだから悠仁には頭が上がらない。
「おまたせ、灰原くんに宜しくって伝えといた」
「ハハッ、七海の眉間の皺が増えるな」
「平気だよ。何だかんだ仲良しだものあの2人」
記憶の中の2人は確かに良い距離感で関わっていた。俯瞰的な物の見方をする七海とガン詰めしがちな灰原。ナマエさんナマエさん!と子犬宜しく引っ付き回る彼をよく七海が制していたっけ。
「ハイバラ?」
「七海くんの唯一の同期の子だよ。在学中に任務で亡くなってしまったけれど、悠仁くんみたいに明るくて良い子だったの」
「俺良い子かな?」
「良い子すぎて心配になるくらい、恵くんも野薔薇ちゃんも。多分悟くん達の学生時代見たらビックリするわよ」
「あーあー僕の話は事務所通してクダサーイ」
ナマエは照れ屋なくせに、線引きがおかしい部分がある。というか、脳内辞書に載っている事実を淡々と読み上げているだけなのかもしれないが、時折人前で頬にキスするよりもアウトなことをペロリと言ってのけるから、内心冷や冷やすることが少なくない。(僕が言うと怒るくせに)
「じゃあこの続きは別の機会にしよう」
「ナマエさんと次はランチの約束したもんな!」
「ちょっと僕のお嫁さんなんだけど?」
「五条せんせー、生徒に嫉妬しないでくださーい」
「悟くんは私を鎖国させたいの?」
出来るならしたい。それで君が二度と消えないと約束してくれるなら。まあそんな願望聞いてくれる彼女では無いのは、長い付き合いの中で重々承知している。
そんな危なっかしい彼女は、墓参りを終えた後も悲しみの色ひとつ見せずに、ただただ笑みを絶やさなかった。