『彼奴を次代に据える?本気か?』
『しかし渋谷の件で彼奴の結界術が高度なものと充分知れた。呪力も術式も申し分無い』
『星漿体として扱う事も視野に入れるべきでは?九十九も生きておるだろう』
『九十九との適合率より、術式を加味した彼奴の方が"馴染む"じゃろうて』
『何方にせよ一度その身を消した奴だ。彼の者の取り扱いは厳重に、という事で皆の者宜しいか』
『『異論無し』』

 束の間の平和を経て、再び波乱はやってくる。





 春、というにはなんとも似つかわしくない淀んだ空気の中をスタスタと進む。愛刀を肩に引っ掛け、そろそろ飽きてきたかくれんぼに愚痴が洩れそうになるが、これも任務だと潔く諦めて探索を続けた。建物ごとぶった斬ってしまえたら良かったのだが、事後処理を考えたらそれは出来ない。伊地知の胃を蜂の巣に仕掛けるのは1人で良いのだ。いや居ないのが最善だけど。

「うーん、埒があかないな。少しだけ頼むよ、相棒」

 ゆっくりと刀身に呪力を流し込むと、待ってましたと言わんばかりに震え出して、くん、と主人を誘うようにひとつの部屋を示す。

「良い子、美味しい呪霊だといいね」

 刀身を握り直して部屋へと足を踏み込む。呪霊に囚われた魂が助けを乞うように、部屋の四方八方から飛びかかる手の数々は、その場で一回転した少女の鋭い斬撃で祓われてゆく。勢いのままに部屋の最奥へ踏み込み、少女は本体の隠れるブラウン管テレビに刀身を突き刺した。瞬間。画面が割れると同じくして呪霊の構築した空間も砕け散る。

「おやすみ、彼岸でどうか良い旅を」

 周囲の残滓を一掃し、少女は帳を上げて日の下にようやっと出た。愛刀は銃刀法違反にならぬ様、竹刀宜しく既に背負ってある。出迎えてくれた補助監督に待たせてしまった事を謝罪すると、生きて帰ってきてくれる事に意味があると言った。本当にその通りだ。死はいつだって私たちの隣を歩いている。よく術師はすぐ死ぬとか言う人も居るが、少女からしてみれば、死を間近に知覚してるからそう感じるだけで、それは平等に訪れるものだと思っていた。

「あ!そういえば千紗ちゃんも渋谷で刺されたって聞いたよ。跡は残らなかった…?」
「ふふ、私運は良い方なので、先輩の呪符の傍にいたお陰で傷は深かったけど治りが早かったんです。勿論跡も残りませんでしたよ?私達には硝子先輩もいますから」

 運転の傍ら、ペロリとスーツを捲ってみせた彼女に仕舞いなさい!と母親の様な事をつい叫べば、城崎千紗−千紗ちゃんと呼ばれた補助監督は声をあげて笑った。流石元術師、変な所で肝が据わっている。はぁ、とため息を吐くと揺れるスマートフォンが着信を知らせたので内容を確認し、簡潔に了解、とだけ返信して、流れる様にポケットへと戻した。

「高専行く前に寄るとこあれば言ってくださいね、ナマエ先輩」
「今日は寮でみんなとご飯だから大丈夫、有難う」
「また虎杖くんたちですか?」
「うん、千紗ちゃんもどう?」

 ナマエと呼ばれた少女は見目こそ高校生だが、その実中に存在するのは30年生きた魂である。そんな彼女が外ではちぐはぐな先輩呼びも、この世界ではもはやお馴染みだった。伊地知のひとつかふたつ下の学年だった彼女・城崎もナマエを先輩と呼び大変懐いている1人である。城崎から言わせれば「ナマエ先輩に懐いてない人とかいるの?」らしいが。

「先輩とのご飯行きたいぃ〜…けど書類が待ってるんですよね……」
「四月のいつものやつでしょ?私も手伝うから先ご飯食べようよ」

 腹が減っては戦はできぬ!と小さな身体いっぱいに訴える姿に、人はみな惹かれてゆくのだろう。城崎はすっかり折れて、差し入れのお菓子でも買って行こうと近場のコンビニに入るべく、左折を知らせるランプを明滅させた。





「おかえりなさいナマエさん!」
「ただいま悠仁くん、野薔薇ちゃんと恵くんは?」
「蟹の下準備してるよ。ハサミで切れ込み入れるやつ」
「あら助かる、千紗ちゃんはスーツから着替えておいでよ。まだかかるだろうから」
「城崎さんもお疲れ様ッス!」

 ナマエ先輩の人気は私の学生時代も中々のものだったが、今も健在のようだ。流石皆が認めるひと誑し。虎杖くんの人懐っこい振る舞いもその断片を感じるので、ひとり心の内で「第二のひと誑し」と呼んでいる。事実彼も苦しい生い立ちや経験をしてきたにも関わらず、高専では笑みを絶やさぬよう精一杯頑張っているのは、補助監督の皆が知るところである。





 仮眠室を使う時に着る少しだけ緩い服へと着替えてから、先に済ませなければならない事務処理がある事を思い出し慌ててデスクに向かう。開いた扉の奥にはまさか居るとは思わなかった人物の姿があり、私はその場でつい跳ねてしまう。ナマエ先輩はあんなにも穏やかな空気を纏っているが、この人は此方に読ませないところがあるから少し苦手だ。

「城崎お疲れサマンサ〜お前が居るって事は僕の花嫁も帰ってきてるね」
「五条さん?!今日は伊地知先輩と遠方では、」
「教え子達に新鮮な蟹お届けしたのは僕だよ?城崎も来るんでしょ?」

 彼が指先でつまみ揺らすスマートフォンには、ナマエさんからの「今日千紗ちゃんも行くからいっとう美味しいの求む!」というオーダーが届いている。時間からして丁度帰路の車内で夕食の話をしていた時だ。つまりこの人は帰ってきたが、伊地知先輩は未だ車中なのだろう。振り回される伊地知先輩を憐れに思ったが、車中でアクセル全開を強要されるよりはマシか、と安全運転(でも事務処理があるから速度はギリギリ)で高専に向かっているであろう先輩の姿を思い浮かべた。

「今日のナマエはどーだった?」
「お変わりないですよ。事後処理が少なくて大変助かってます」
「あれ?それ遠回しに僕のこと責めてる?」
「思い当たる節があるんですね?」
「……城崎お前、ナマエに似てきたね」
「ナマエ先輩になら光栄です」

 会話をしながら打ち込んでいた日報を再度確認して、私はパソコンを閉じた。印刷は後ででも問題ない。早く早く、と急かす29歳児と揶揄される先輩は、どうやら私のことを待っていてくれたようだ。おそらくナマエさんのお達しだろう。そうでもなきゃ彼は挨拶も程々に学生寮へと文字通り飛んでいっただろう。それほどに溺愛しているのだ。なんせ学生時代から、しかも同性の私相手にすら牽制してくる程だから。

「五条先輩、嫉妬は見苦しいですよ」
「奪われない為なら何でもするよ、俺はね」

 目隠しを外してサングラスに付け替える刹那、覗いた蒼は私を射殺すかのように鋭かった。



射殺す蒼眼は貴方の為に


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