「あ、悟くんも千紗ちゃんも座って座って。ご飯持ってくるからお鍋よそってて」
「取り皿足りないから俺も行きますよ」
「恵くんありがとう、お皿はお願いするね」

 繁忙極める僕は勿論、彼女ナマエも一級術師として各地を転々としている為、野薔薇の部屋に緩い私服を置かせてもらっているらしい。高専職員ロッカーの並びに彼女のスペースもあるが、そちらよりも過ごす時間やタイミング的にも生徒に持っていて貰う方が都合が良いそうだ。そもそも最近の彼女は、生徒がいなけりゃめったに高専にそう長居しない。曰く、イヤな予感がするかららしい。彼女の勘はよく当たるから僕は思わず頭を抱えたのは記憶に新しい。

「今日は生徒のみんなが切れ込み入れてくれたから蟹食べやすいねぇ」
「切りまくった甲斐あったわね」
「釘崎が言うとなんか不穏だな!」
「よーし虎杖表出ろ、ナマエさんの居ない所で泣かす」
「怪我人増やしても今日はもう治してやらんぞ〜」
「あ、硝子ちゃんも食べる?悟くんの買った高級蟹あるよ」
「蟹だけ食う。酒のツマミにする」

 日本酒瓶を抱きかかえてペタペタとスリッパでやってきた僕やナマエと同期の家入硝子は、ナマエが訊ねるまでもなく参加する気だし飲む気だ。ナマエと僕の間に無理矢理割り込む硝子にオイ、と文句を垂れればニンマリとした顔でどうした?と言われた。生徒の前で弄られるのは癪に触るので、ズレたサングラスを掛け直して受け取ったお椀に箸を向ける。硝子は会う度に「ナマエを溺愛しすぎだ」と言うが、コイツもなかなか一線を越えていると思う。数少ない同期で唯一の同性だったことを差し引いてもだ。
 昨年の10月31日、もしもナマエの機転が無ければ僕らの代で最後まで生き残るのは間違いなく硝子だっただろう。貴重な他者への反転術式による治療が出来る人材。実際にはナマエも可能だが、能力的に前線に出る事を優先されるだろう。僕は言うまでもなく最初に死ぬだろう。彼女達が死ぬのは、僕と言う防御壁が崩れた時なのだから。
 ナマエが獄門疆から現れた12月24日。普段は感情を表に出す事が滅多にない硝子が、静かに涙を流していた。それでも処置をする呪力は安定しているのだから、慣れとは恐ろしいものだ。本人曰く「別に大きな傷は無かったから使う力が少なかっただけだ」ということだが、そういう事ではない。とはいえ藪蛇なのでそれ以上は何も言わず、ナマエの右手を両手で包み込み俯く彼女をただただ眺める事しか出来なかった。

「お、今日は城崎も居るんだ、酒飲む?」
「そーなの!今日私の任務担当だったから、つい誘っちゃった。運転無いならいただいたら?」
「あ、えと、じゃあ一杯だけ……」
「いっぱい……沢山って事ね、おっけぇ〜」
「硝子ちゃん実はもう少し酒入ってるね?」

 空きっ腹に入れちゃ駄目じゃない、と言いながら軽くすすいだお猪口2つを卓上に置いて、硝子に酌をしてやるナマエは酷く楽しそうだ。城崎は緊張のあまりお猪口が震えていて少し笑ってしまった。伊地知と揃って懐いていたもんなぁ、コイツ。

「悠仁と野薔薇、城崎と任務行ったことは?」
「無いっすね、さっき挨拶したのが初めてで」
「アタシはナマエさんと居るとこに遭遇しただけで任務はまだ」
「学生相手は伊地知くんとか新田ちゃんが多いからかもね。でも近いうちご一緒することになるよ」

 ナマエの言葉を聞いて頭を傾げる2人の生徒から、じとりとした視線が僕に送られているのが分かるが、気にせず蟹を食べ進めていく。その時が来たら言えばいい事を、別に先立って言う必要は無い。

「もしかして内密?私、書類読み落とした?」
「いや、もうちょい近くなったら言うつもりだっただけだよ。折角だしナマエから話してあげてよ」

 不安そうな顔から一転、ぱっと明るくなった表情で僕にお礼を述べる彼女はやはり癒しだ。
 よく何トカだけで飯三杯いけるとか漫画で見るけど、ちょっと分かる気がする。ちなみに現在蟹鍋をお供に二杯目だ。皆で卓を囲むと会話を聞きながらになって満腹中枢が腹八分目辺りでやめとけと指示を出すので、前ほど食べなくなった気がする。それでも寝る前に空腹にならない様、家にはいつも間食をストックしてくれている僕の嫁さんは有能と言えるだろう。

「二年生はね、実地見学と称して上位の任務に同行するの。でもまぁ、みんなの代は常にそんな感じだから私とただ任務行くだけ〜って感じかな?で、私専属になりつつある補助監督の城崎千紗ちゃんとは、そこでご一緒する事になるってこと。ちなみに恵くんだけ憂太……三年生の特級術師だね」

 適材適所で配属されるのだと補足をするナマエの見てない所で恵の眉間の皺が増えたのを僕は見逃さなかった。人員調整が出来れば3人ともナマエにお願いしたかったが、補助監督の城崎は優秀だが伊地知にはまだ劣る。純粋な経験値の違いだから悲観するものではないが。元々恵は他2人に比べて都心での術師としての歴は長いので、憂太に任せてしまおうと言う事で話がついた。憂太もある意味で「リカ」を従事しつつ、近接でも戦うスタイルだ。恵にとって学べるものは多いだろう。
 悠仁と野薔薇はナマエのように臨機応変に術式と愛刀、それと格闘技を組み合わせる戦術を見るのが良いだろう。

「……あ、そーだ忘れてた、ナマエ」
「ご入用はこれかな?」
「流石奥さん、分かってんね」

 手渡されたのは彼女の生の呪力が流れる呪符。渋谷で絶大な効力をみせた彼女の呪符は、今では結界の結び直しに行く任務では必須アイテムとなっていた。守護を司ることもあり、補助監督にも持たせているらしく、セダンにストックまで用意した日には、呪力を使いすぎだと硝子に叱られていた。
 今回この札は任務についていく生徒の分だ。自身に任務見学の話がきた時点で入り用だと思って用意していたのだろう。

「この札、持ってるだけであったかいっつーか、安らぎますよね」
「反転させた呪力が混じってるからだろうねぇ」
「生のエネルギーってやつですか?」
「そ、恵くん正解っ」

 彼女は結界を結び直す為だけに飼い殺しにされていた生い立ちがある。それ故に結界術使用者の中では上位か、下手すれば2,3位を争うだろう。勿論1位はこの国を支える天元様だ。
 天元様は過去に星漿体との同化に失敗した。僕たちの過失。全ての歯車が噛み合わなくなったきっかけ。それ故に着々と人間から呪霊寄りの存在となっている。いつ己を失うのか、明日をも知れぬ身。だからこそ、現状有用とされているナマエの呪符が重宝されている。勿論結界の結び直しは赴いた術師が行うが、媒体として呪符を用いるだけで、より強固なものとなる。また、廃れた地域では彼女の術式由来の生のエネルギーが作用して、自然が還り始めたという報告もあがっている。

「……あの子はいつも話題の中心だな、五条」
「目が離せなくて困るよ、ホント」

 ナマエの感じた嫌な予感は、結界術と呪符の恩恵が起因しているのではないかと思えてならない。ナマエ自身は知らないが、かつて彼女の術式の全貌が知れた時、星漿体の代わりとして同化させる話が上がったが、それを僕が潰した事もある。また上が要らぬ事を考えない事をただただ願うばかりだった。



暗雲は見ないフリして


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