「あの、悟くん……」
「何だよ」
「引率任務に遅れるのですが……」
「行かせたくないいいいぃ」
「えぇ……」

 玄関でブーツを履く私を後ろからガシリと抱きしめた悟くんは今日も今日とて29歳児だった。これだけ駄々をこねるのだから、何か思う所があるのだろう。彼の心配を無碍にしたくはないが、任務は任務、しかも授業の一環である以上すっぽかす訳にはいかないのである。
 どうしたものかと悩んでいると、扉越しに賑やかなやり取りが聞こえてきた。インターホンが鳴る前に、開いてるよと伝えれば、そろりと開いたドアから悠仁くんと野薔薇ちゃんの顔が覗き見えた。

「うわぁ五条先生今日もゴネてんの?」
「いい歳してやってる事餓鬼ね」
「わぁ辛辣、もっと言ってやって」
「言っとくけどいい歳はお前もだからな?」
「餓鬼っぽいことしないもん私は」

 生徒が来たことでようやく手を離してくれた悟くんは、代わりに忘れ物がないかを訊ねてくるので、胸元の札の入ったポケットから、五条家の家紋が刻印されたものを見せる。昨夜渡されたものだ。そこにどんな意図があるかは分からないが、必要な時が来れば自ずと分かるだろう。下手な詮索をして考え事を増やすより、目の前のことにしっかり取り組む方が私には向いている。

「さて、待たせてごめんね。早速行こうか」
「城崎さんから今日の説明受けてたから問題ないッス!呪霊のことはナマエさん来たら再確認するって言ってました」
「オッケー、じゃあ現着するまでに何処まで頭に入ってるかテストだね」
「……ガンバリマス。」





 辿り着いた廃ビルは如何にもな呪力を放っていて、人払いはしてあったが念の為通常より範囲を広めに帳を張ってもらう事にした。術師として、常に"何が"最悪のケースになりうるかを考える。私が正道から学んだことのひとつである。
 今日の任務は一級認定だが、場合によっては特級に化けることや領域を持つ事も考慮して動くべきだろう。都心の任務は倒産した会社の入っていたビルの任務が少なくない。悟くんではビルごと消えるので、私に回されることが多い。

「ナマエさん、アタシ達はどうしたらいい?」
「基本は自衛絶対、でもそれが必要ない様に私が対処するから構えだけとっておいて」
「「了解」」
「2人とも私の呪符は持ってるだろうけど、念の為守護の術をかけさせてね」

 祝詞は省くが掌印は結んだ。少しでも強固な守護の結界になるように。しっかり張れたことを確認して、私は愛刀を鞘から抜いていつも通り道案内を頼んだ。電気の通っていない筈のビルの中、明滅する電球が不気味な空気を作っていた。





「んー、多分此処かな」

 辿り着いたのはかつて給湯室として使われていた部屋。愚痴の吹き溜まりになりやすいのは容易に想像出来て、厄介そうだなと少しだけ肩を落とした。女の恨み辛み程恐ろしいものはないと、この身を以って知っている。
 悠仁くんと野薔薇ちゃんには数歩下がる様指示を出し、私は愛刀に呪力を一気に流し込む。カタカタと歓喜に震える刀身に頼むよ相棒、と呟いて、給湯室の扉ごと中に居る呪霊に斬撃を浴びさせる。この世のものではない、つんざくような悲鳴が上がって開いた扉から一気に呪霊の呪力が湯水の如く溢れ出た。水圧に足元を掬われる前に、跳び上がった勢いでもう一太刀浴びせる。悲鳴が再び上がり、そして確信する。

(こいつの核は此処には無いな)

 此処でいつもの任務なら再び愛刀に探索を頼む所だが、今日は課外授業の一環となる任務だ。少しだけ2人にも働いてもらうことにしよう。

「野薔薇ちゃん!その足元の呪力に向かって共鳴り!悠仁くんは野薔薇ちゃんのフォロー!私は目の前のデカブツをいなすから宜しく!」
「っしゃ!仕事よ仕事!足引っ張らないでよね虎杖」
「しねーよそんなこと!」

 好戦的な笑みで指示を遂行する2人はやはり息が合っている。新3年生もコンビネーションは抜群だが、新2年生の方がその点は抜いている。純粋な経験値の差さえ埋まればどんな組み合わせで任務をさせても良い結果が出るだろう。彼らの成長に期待を抱きながら、共鳴りによって場所のわれた核を刀身をぶん投げて破壊する。柄についた組紐を引っ張り愛刀を引き寄せると、呪霊を喰えて満足したのかカタカタと音が鳴る。まったく、食いしん坊な相棒である。
 呪力を探って雑魚しか残ってないと分かると、動き足りないと全身で訴える2人に任せる事にした。バディで戦う2人を遠巻きに見守りながら、愛刀を組紐を掴んで振り回しながらついていく。この組紐は身体が小さい頃はリーチの差を埋める為によく使っていた。「刀っていうより鎌だな」と学生の頃悟くんに言われたのを思い出す。

「ナマエさーん!最終確認お願いしまーす」
「多分これで全部祓ったと思います!」
「お、早いねぇ。……うん、問題無いね。あとは千紗ちゃんの所の一匹を祓って終わりだね」
「えっ城崎さんの所に?!い、急がねーと、」
「大丈夫大丈夫、ほら、外に出るよ」

 ビルから外に出ると、強固な結界の中で術式の構えをとる千紗ちゃんの姿があった。流石元術師、原則戦闘は禁止されているが、万が一の為に最低限の自衛道具は持ち歩いているようだ。彼女の目が私たちを捉えて喜びの顔を浮かべたが、警戒を解かないのは流石である。
 ビル内の任務は終えたと報告の片手間に、彼女に襲いかかろうと結界にぶつかり続ける呪霊を綺麗に縦一直線に断ち切った。

「千紗ちゃんお待たせ、怪我は?」
「擦り傷ひとつありませんよ。皆さんお疲れ様でした。にしても、ナマエさんの予想通りでしたね」
「ナマエさん、城崎さんが襲われるかもって予想してたのに帳の内側に残したワケ?危険じゃない?」
「渋谷の時みたいに、帳に遮断されて生存確認出来ない方がリスキーだと思ったのよ。今回予想される呪霊が呪霊だったし」

 女の妬みは怖いねぇ、と言えば野薔薇ちゃんはハンッ!と鼻で笑ってみせた。曰く、直接言えずに陰口叩く暇あるとかいいわね〜らしい。呪術界の女性の大半は気が強い。陰口なんてもの殆ど無縁だ。強いて言えば男性からの小言の方が多いかもしれない。

「さて、思ったより低級だったし、ゆっくり振り返りをしながら帰ろうかね。千紗ちゃん、運転お願い」
「ねぇねぇナマエさん、これって先生もやったの?」
「悟くん?私達の代は無かったよ。悟くん達より強い人が居なかったから」
「「あー……」」

 想像に難くないとでも言いたげに虚空を見つめている2人を車中へ呼んで、車はゆっくりと動き出した。憂太と恵くんの方は上手くいっているだろうか。等級は憂太の方が上だが、術師の世界に踏み入れてからの期間は恵くんの方が長い。まあ気遣いの出来る彼らの事だから、上手くやってくれていると信じよう。





「みんなおっかえりぃ〜!報告聞くよん」
「悟くん溜めてた書類はちゃんと捌いた?」
「ヴッ!僕もうペン持てない、報告だけ聞ける」
「おいコラ」

 教壇の前でひっくり返った長身を足蹴にすると、「あ、これ悪くないかも」という君の悪いコメントが聞こえた気がしたのでサッと足を離した。教室には既にパーティ開きされたポテチをつまむ憂太と恵くんの姿があったが、恩師の姿にはキチンとドン引きしたらしく、咀嚼音が一瞬止まった。しかし強い。何事も無かったかのように再び袋へと手を伸ばす。憂太に「ポッキーありますよ」と差し出されたので一本引き抜いて咥えた。

「書類も碌にやらない馬鹿ではなく私が報告聞きま〜す。憂太たちの方はどうだった?」
「ナマエ酷い!ツンデレ!可愛い!」
「切実に消えて」
「待ってその構え術式じゃん洒落になってない」
「黙って自分の報告書を書け、OK?」
「ハイ………」
((ナマエさんつえぇ〜……))

 ぐずぐず言っている悟くんは放っておいて、憂太達の報告を聞いた。やはりプレイスタイル的に憂太に恵くんをつけたのは正解だったようで、沢山の気づきを持ち帰ってこれたようだった。悠仁くんと野薔薇ちゃんも個々の戦い方や、コンビプレイについても感想を議論していた。広がった風呂敷はとどまることはなく、すっかり3人の世界へと入り込んでいる。白熱の方向性は間違っていないのであえて口は挟まずに見守る事にした。

「ナマエさんナマエさん」
「ん?憂太どうした?」
「なんか、良いですね……こういうの」
「憂太も今度ご飯会おいでよ」
「ハハ、時間が合えば是非」

 ふにゃりと笑う彼も、学生の身分と言えど特級術師様だ。本来多忙を極める立場だが、高専では極力学び舎としての立ち位置は崩れないよう調整はしている。それでも万年人不足な世界なので、死地へ行くことを求めなければならないのが歯痒いところである。
 まあそもそも今年の担任も持ち上がりで日下部さんだ。アレコレ教えるタイプでは無いから任務に行って経験を積む方がよっぽど実になるのだろうけれど。

「憂太、今日はこの後任務入ってるの?」
「いえ、引率任務がどれくらいかかるか分からないからって空けてくださってます……伊地知さんが」
「優秀な補助監督だよ本当に……」
「伊地知を補助監に推薦したのぼくだけどね」
「あれは推薦とは言わないよ悟くん」

 いつの間にか書き終わった書類を揃えて話に割り込んてきた悟くんが虚偽の申告をしたのを窘める。実際は脅しにも近い、まだ術師として学んでいた彼の心をブチ折る気か?と流石の私も神経を疑う物言いだった。何処をどう切り取ったら推薦なんて優しい表現になると言うのだ。今も期限がとうに過ぎていた書類を待たせて、進行形で泣かせているというのに。
 確かに補助監督としての適性はあった。今の高専がこれだけの少ない人員で回っているのも、伊地知くんの手腕あってこそだろう。それを見抜いて提言したのは事実だが、やはり言い方は屑だったと思う。

「よーし今日は此処まででーす、各自任務の報告書はキチンと出すんだよ〜」
「良い反面教師がいてよかったね、みんな」
「五条先生は恥を知ってください」
「恵くん、これはもう手遅れだから同じにならないように学びに繋げて」
「ねぇ今日やっぱりアタリ強いよね?何で?」
「書類関係溜めてばっかじゃないからですか…?」
「憂太まで味方してくれないの?!」



これも愛故ですので


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