「硝子ちゃあああああん」
「ハイハイ大丈夫だって」
何度も繰り返した問答に流石の硝子も辟易していた。変な所で真面目を発揮する彼女は、今になって入籍の報告をしに五条家に赴くことを決めた。五条的には「任務のついで」であり、そこまでウエイトは重くないようだ。まあ五条家で五条悟に逆らう奴なんて居ないだろうし、居た所で暗がりで淘汰されるのが関の山だろう。
つーか籍入れてから何ヶ月経ってからの報告だよ。とは思ったが、彼女にとってはだからこそ行かねばなるまいと思っているらしい。最早入籍報告ではなく謝罪会見でもおっぱじめそうだ。それはそれで見てみたい気もするが。
「でも京都校の生徒に顔出しに行くんだろ?ご褒美待ってると思って頑張って来い」
「まあ、わざわざ私の見舞いの為だけにコッチ来させるよりはマシだから……」
ごにょごにょと喋る彼女は本当に己がどれだけ周囲に愛されているかの自覚が無い。正道、どういう教育してきたんだ。脳内でかつての師を罵倒しつつ、こればっかりは彼女の幼少期の経験が根底にあるから難しい事なのだろうと諦めた。私達に出来るのは、どれだけ彼女が跳ね除けようと、受け止めるまで事実を伝え続ける事だけだ。
「京都校の奴らもそれだけナマエを心配してたんだろ。もう少し愛されてる自覚を持て」
「えぇ……まあ悟くんよか懐かれてるとは思うけど」
「比較対象が終わってたわ、解散」
「っていうやり取りがあったんだけど、どう思います?学長」
「だそうだ。どう思う?悟」
「何この口頭リンチ、ハゲそう」
「いっそハゲてナマエに愛想尽かされろ」
学長室に集った面子を見てふと思い出した先刻のやり取りを伝えると、大きなため息を学長が吐き、かつて彼女が特訓で愛用していた呪骸を手に取る。彼が持つと随分小さなそれは、当時の彼女は随分引き摺り回していた。よく縫い直していたのを思い出す。その小さな彼女はもう居ないが、成長したのは身体だけで、心はまるで同い年とは思えない無垢さを持っていた。聡い彼女だから何事もなく過ごしているが、一歩間違えば簡単に闇に引き摺り込まれる危険を抱えている。それ程に彼女の過去は、重かった。
だからこそ今回の入籍報告発言も突拍子もないものだった。周囲からの目が少しでも悪くならないようにという、一種の自衛行動でもある。無自覚ではあるだろうが。
「アイツの愛情に対する鈍さは何なんだろうな」
「鈍いんじゃないよ、受け入れることにビビってるだけ」
確信を持った声が私の疑問を遮った。受け入れるのが怖い。成る程、そう言われると確かにしっくりくるものがある。
「流石旦那サマ、よく見てんじゃん」
「伊達にこれまでの半生捧げてないよ」
「おっも。胃もたれしそうなんで本題お願いしまーす」
「硝子お前なぁ……」
呆れ顔の学長に満面の笑みを向けると、いよいよ諦めて口を開く。面子を見れば何の話かなんて明らかだ。私だってそれで話題を引っ張り出したのだから。
五条は既知のことらしかった。話が進む程に上層部とのやり取りを思い出しているのか、不機嫌を隠さずに、しかし大人しく学長の話を聞いている。コイツの事だ、盛大に喧嘩ふっかけてきたのだろうが、それでおさまる上層部ではない。
「硝子から見て、ナマエの札の生のエネルギーはどういったものなんだ?」
「渋谷事変の時の報告まんま、それしか言いようがないですねー。治すまではいかないけど、悪化を遅らせる程度の微弱な反転術式が放出されてる。ナマエは守護の陣を作る為だけに用意したんでしょうけど、実際怪我した補助監督達がみんな無意識に札の傍に居た。それだけの効果があるってことです」
「ぶっちゃけあれがなかったらもう2,30人は死人出てたかもね」
五条がケッ、と悪態を吐くのは、きっと解呪してから抑え込まれていた能力が目まぐるしく開花していくナマエを、使える道具としてしか見ない上に対してのものだろう。そもそも上層部はハナから彼女を人として扱っていない。五条悟ですら太刀打ち出来ない相手への最終兵器。共倒れ覚悟で術式で以って祓えと、死ぬ事を命じているのと同義であることを平然と言うのだから。その扱いが当然だと思っている本人にも問題がある気もするが、学長は「生い立ちの所為だから責められん」と眉を顰めるばかりだった。
「悟、硝子。ナマエの様子に異変を感じたらすぐに共有、いいな?」
あの子隠すの上手いからなぁ……と返事の代わりに無理難題である事を遠回しに伝える。命じた本人も、もう1人も同じ事を考えていたようで、部屋の空気はじっとりとしたまま極秘会議は終わった。