今日から明日にかけて五条もナマエも京都に赴いている。2人とも任務を終えてからその足で五条家に泊まるらしい。夜蛾学長も名義上の父なので行くべきか迷っていたが、五条に「今学長不在はマズイっしょ」と珍しく言いくるめられていた。まぁ事実そうなのだが。
コーヒーを啜りながら、ベッドの上に広げられたアルバムを眺める新2年共に視線を送る。学生時代、誕生日プレゼントと称してナマエが贈ってくれたものだ。勿論写真はセット済み。物臭な私がそこまでしないと分かっている辺り、流石我が親友である。
今日は緊急時の救護措置に関する講義を五条から任されていたが、彼らには必要のないものだろうと、茶菓子を用意しておいてそれで濁すつもりだった。
ところが私の同期2人が不在なのを良いことに、此処ぞとばかりに虎杖は学生時代の彼らのことを知りたいと言ってきたのだ。語れるエピソードはいくらでもある。なんせ話題の尽きない奴らだからだ。それでもいつも手の届く場所に置かれているアルバムを見せる方が早かろうと、今に至る訳である。
「これホントにナマエさん?五条先生との子どもとかじゃなくて?」
「中身はタメでも幼女とヤってたら大問題だろ。この写真は一年目だから……当時はまだ五条も一級でな。ナマエの方が上級の任務によく駆り出されてたんだよ。だからちっこいの」
「へー!一級の五条先生、イメージ湧かねー」
「態度だけはその頃から特級だったぞ多分」
顔を顰めた伏黒は、きっと話に聞いた五条との初対面を思い出しているのだろう。彼曰く「デリカシーという概念を土手にでも捨ててきたのかと思った」。事実多分捨ててる以前にそんなもの存在しないと私は思ってるから、コイツらは優しいなと思う。
以前ナマエから聞き齧ってはいたらしいが、改めてガラの悪そうな、でも時折年相応にはしゃく師の学生時代を垣間見て生徒たちは楽しそうだ。どんな道のりを経て今の「五条悟」が構成されたのか、アルバムからではとても計り知れないものだが、断片は確かにそこにあった。
「あ、これも五条先生がナマエさん抱えてるじゃない。どんだけ好きなのよあの人」
「言っとくが当時は無自覚だからな、五条」
「ハァ?こんな構い倒しておいて?嘘でしょ」
信じられない、と引き気味の釘崎にカラカラと笑ってしまった。でも事実そうなのだから仕方ない。自覚した後の五条は「多分一目惚れだったわ」と言っていたことを思い出す。ロリコン趣味だったのか、と煙草をふかして言うと「ちげーよ馬鹿!六眼で見た時だわ!!」とキレてたなぁなんて。ははは、何だよ六眼で見た時って。術式に恋でもしたんかお前は。
久々に開かれたアルバムに私も視線を落とす。私のことは何でもお見通しの親友は、敢えて私が載っていない写真もコラージュしてくれていた。私目線の思い出、ということらしい。まだガラパゴスケータイだったあの頃、写真を撮り溜めてはすぐにネガフィルムに替えていた彼女は、今でもそのフィルムを持っているのだろうか。一番画質の良いガラケーを使っていたナマエの写真ならば、多少大きめに印刷しても綺麗に飾れるだろうか。
「こいつ呪詛師の……」
「ナマエさんと一緒に獄門疆から出てきたやつだよなぁ。すげー先生と楽しそう」
「夏油は五条とタイ張れる貴重な存在だったからな。ああ、ナマエに攻撃当たらないからって2人でけしかけて学長に怒られてたこともあるな。ほら、この写真」
「ナマエさん速すぎて残像じゃないの……」
色んな奴らからかき集めた写真を、見開きいっぱいに詰め込まれた写真に、時折添えられたナマエのメッセージカード。その繊細な筆記は昔から変わらない。
このアルバムを贈られたのは、夏油傑という人間が高専から去った後のことだった。始めは何故、と思ったが、ナマエが誰かの受け売りか、呟くように言葉を紡いだ事で一度閉じたアルバムを一枚一枚、慈しむように丁寧に捲った。
『起きてしまったことは変えられないけど、楽しかったことも不変なんだよ、硝子ちゃん』
私よりもうんと小さなその手は、一体どれだけのものを救い、時に零してしまったのだろう。そういった時、この子は一人、どうして乗り越えて来れたのだろう。彼女の強さは何処から来るのか。その反面、ぼろぼろに脆い部分も持ち合わせていて、本当に不思議で、目が離せない。
「五条先生はしゃいでるのが嘘みたいにナマエさん無表情ですね、不機嫌?」
「違う釘崎。ナマエさん昔はあんな表情豊かじゃ無かったから、そんなもんだぞ」
唯一昔のナマエを知る伏黒が溜め息混じりに口を出す。陰鬱とした空気の理由は、間違いなく彼女とセットで付いてくる師のことを思い浮かべての事だろう。そんな伏黒の言葉に驚きを隠せない釘崎と虎杖は、事実確認でもするかのように私に視線を寄越した。「表情筋どっかに落としてきてたな、アレは」とだけ言うと、二人は顔を見合わせて暫しの沈黙が続いた。
そりゃあ今のナマエを見てたら想像もつかないだろう。感動して拍手をしてるのに真顔。それだけで私は腹が捩れる程笑った。それに拗ねた彼女は言葉じりにだけ感情を露わにするが、やはり表情は変わらない。何年もかけてハリボテだろうと人間味を手にしたのだから、彼女もまた成長しているのだ。
「……夏油さん?とナマエさんも仲良かったんですね、食事時はよく膝に乗せてるっぽい」
「五条だとちょっかい出してきて落ち着いて食えないからな」
「こんなに優しい人でも、呪詛師になっちゃうんスね」
「優しいからこそなってしまったんだよ、アイツは」
虎杖は何かを察したのか、それ以上夏油の事を訊ねることはしなかった。代わりに保健室に最後まで残って、最初のページから夏油の姿を探して見返していた。虎杖は呪術師だった夏油傑を知ろうとしているのだ。既に亡き人だとしても、ナマエと共に過ごした人間に根っからの悪い奴は居ないとコイツは思ってるのだろう。
仕事の区切りがついた後も、そっと窓を開けて煙草をふかした。同期を知ってもらうことが嬉しいなんて、なんてらしくないことを考えてるんだろう私は。仕方ないから読み切るまでは付き合ってやろうと思い、自分のついでに虎杖の分も紅茶を淹れてやることにした。ナマエの選んだ茶葉だから、文句は言わせない。