昨夜のメールを受けて悟くんは正道に苦情宜しく電話をかけていた。とはいえ正道に言ってどうこうなる事ではないと分かっている。私はただただ悟くんの気が済むまで喋らせることにして、ルームサービスのクッキーに手をつけた。ココナッツの風味がして牛乳が欲しくなったが、冷蔵庫には勿論無く、紅茶でも淹れようかとケトルに水を注いでいく。セットし終えた頃にようやく落ち着いたのか、溜め息と共に通話終了を知らせる音が聞こえた。
「今日私は顔出したんだけどね、何だろう?」
「夜蛾センも知らねーって。あのジジイ……」
楽巌寺学長に最後に会ったのは交流会のあった時だったから、半年程空いただろうか。日中会った時は「息災か」と気遣う言葉をかけられただけだった。用があればそのまま学長室に呼ぶ事も出来ただろう。つまりは、私たち2人セットだから意味のある用事、ということだろう。
悟くんは楽巌寺学長を嫌っているが、正道と共に関わってきた私からしたら、おじいちゃんと孫って感じ。小さい頃は会う度にお菓子を貰っていた。叩いたらもっと出てくるのではと思いぺしぺしと叩いて笑われたこともある。
「多分悪い事ではないと思うよ」
「会うだけでも嫌なんだけどぉ〜」
「まぁまぁ、機嫌直して?ね?」
「……明日午後で良いらしーから、それまでは俺の時間、な?」
「ワァ……寝てもいい?」
「寝れるなら寝てみろよ」
目の前のギラつく瞳から全てを察した私は、明日の自分に同情した。強く生きて、私。
「あ〜〜〜任務後で良かったぁ〜〜制服着てけば良いからぁ〜〜この状態で和装とか無理なんですけどぉ〜〜〜」
「機嫌直してよ……」
「もう無理って私途中で言った!ちゃんと!!」
力強い声とは反して今の私は情けない程へたり込んでいる。シーツの中は何も身につけていないのでどうか覗かないで欲しい。涙ぐみながら睨めば、ソファからこちらを見下ろす悟くんは「煽るだけだよ」と言うのでひと言「おみず」とだけ漏らした。こういったことをした後の悟くんは甲斐甲斐しく世話してくれる。いつもに増して、と補足が付くが。
パキン、と一度開けてくれたペットボトルを緩く閉め直して私に手渡してくれたので、有り難く口をつけて喉を潤した。ふぅ、と満たされた感覚に息を吐くと、ベッドの上にぽすんと何かが置かれた感触。小さな本だろうか?色褪せた表紙を見て私は目を丸くした。
「これ、私の術式の……」
「ジジイに会う前に少しでも良いから見ておいて」
「……見て良いの?」
「今更だけどね」
今更、というのはかつて天元様が私に術式について伏せられていたことを教えてしまったからだろう。それでも本家の紋入りの書物できちんと知る事にはちゃんと意味がある。
「……私、ね。ずっと不思議だったの」
「ん?」
「負のエネルギーの掛け合わせで反転術式になるのに、私はなんだか逆じゃない?」
「逆?どういうこと?」
「私の術式ってさ、生命力にプラスに作用するのが順転で、消し去るのが反転なんだよ?なんか違くない?」
本来負のエネルギーの掛け合わせで反転術式が生まれる。となれば、負のエネルギーが消息盈虚の方がしっくりくる気がする。うーん、と頭を捻りながらも書物のページを捲る。ふと祝詞の記されたページで目が留まる。
孤独 堅忍
術式順転『姫彼岸』
術式反転『
「罪……?」
何方の祝詞にも罪というワードが含まれている事がどうも引っかかる。祝詞に意味のない単語は使われない。生み出す事で起きる双つの罪、そして消し去ることへの無知が罪だとそのまま読み取れば良いのだろうか。行李は箱を指すから箱の中という事で良いだろう。私の術式は生と死を扱うものだからか、彼岸に関する言葉や物が何かと絡んでいた。命を弄ぶことへの罪を指すのだろうか。
……これだけを読んで理解できる事じゃないのかもしれない。ぱたん、と閉じてひとまずワンピースタイプのルームウェアだけ頭から被った。祝詞の意味を理解した時、またひとつ私は術式を自分のものに出来る気がする。些細な変化でも、私の成長は巡り巡って悟くん達の支えになると理解している。だから少しずつ知りたい。自分の稀有なこの術式を。
「悟くん、お腹すいたよー」
「もう少ししたらモーニング届くから横になって待ってな」
昨日沸かすだけ沸かして使わずに終わったケトルのスイッチが再び入り、こぽこぽと音がする。今日京都校に行ったら関連書物がないか訊いてみよう。それまではもう少し彼との生きているこの時間を大切にさせてほしかった。