京都校に最後に赴いたのは確か百鬼夜行前夜だっただろうか。その後は大怪我を負ったことと呪力の消耗で、意識が戻る前に東京校へ帰還してしまった。京都自体は任務で訪れるものの、京都校まで足を運ぶ時間はなく、学生のみんなからは度々メールが届いていた。猫の様な懐き方の彼らだが、文面には会いたいという気持ちが滲み出ていて見る度に顔が綻んでいた。先日会った時なんかは私の長い眠りから醒めたことを泣いて喜んでくれた子も居て、京都校には京都校の良さがあるな、なんて思ったり。
そんなわけで私は連日、今日は悟くんを連れて京都校へと訪れた。これから体術の授業であろう生徒達が各々反応を示してくれたので正門前から小さく手を振る。
「あんだけナマエ寝てる間見舞い来るとか騒いでたくせに、昨日会ったらもう終わり?あっさりしてんねアイツら」
「それが彼らの良さじゃない?」
「意味わかんねー」
こてんと首を傾げる悟くんを見上げる。今日は二人とも仕事着だが、悟くんはいつもの目隠しではなくサングラスだった。隙間から覗き見える瞳はやはり美しい。
「あ、歌姫来た」
「いつも思うんだけど悟くん、敬意どこに置いてきたの?お義母様の胎盤?」
「生まれた時に置いてきたってか?」
「コイツなら有り得そうね〜」
カラカラと笑う悟くんに蔑む様な視線を向ける歌姫先輩は昨日同様私をぎゅうと抱き締めてくれた。昨日もそうだったけれど、長い事抱擁は続く。曰く、危なっかしくて出来る時にしておきたいのだという。そんなのこの世界に居たらお互い様なのに。
「歌姫ナマエ狙ってた?ゴメン俺が食ったわ」
「くっ……?!アンタ仮にも学び舎でトンデモ発言しないでくれない?!!」
「正道にお口チャックしてもらお、物理で」
「アレ、ナマエさん目がマジで怖いんですけど……あ、待って連絡帳仕舞おう、話し合おう」
「第三者にデリケートな話振り撒かないで」
真顔で言えば悟くんは一文字に閉口した。歌姫先輩はやっぱりナマエ強いわぁなんて言いながら、悟くんをせせら笑っている。ひとしきり笑った先輩に促され、私たちはいよいよ建物に足を踏み入れる。向かうは呼び出した主の居る、学長室だ。
「ジジイ何の用?しょーもなかったら二度とナマエ京都に貸してやんねぇ」
「五条は置いて、御用を伺っても宜しいですか?」
「五条お主、ナマエの爪の垢を煎じて飲むべきじゃな」
「楽巌寺学長、多分この人本当に飲むからその話はNGでお願いします」
表情にこそ出さないが、楽巌寺学長も流石に引いたらしい。ピクリと眉が動き、暫し言葉を探す沈黙が流れた。お茶を運んでくれていた歌姫先輩は隠さず「うわっ……」と声に出していた。これでも抑えた方だろう、先輩的には。
さて、と言葉を切り出した学長にいま一度背筋を伸ばして視線を向けると、何処か悲しい空気を感じ取ってしまい、私は視線を少しだけずらした。続きを聞くのが、怖い。
「五条にも来てもらったのは、五条家にも関わる事だからじゃ。勿論主題はナマエ、お主の術式のこと」
「ハァ?何で俺ん家にナマエが関係するんだよ、そりゃあ今はもう五条姓だけど」
「五条貴様、側女はおらんな?ナマエとの間に妊娠の噂もない。」
「………ナマエ以外を抱く趣味は無ぇ」
だろうな、とでも言いたげに肩を竦めた楽巌寺学長は、一冊のすっかり日焼けした書物を卓上に差し出した。ずず、とお茶を啜る学長の様子から、見てみろ、ということなのだろう。
私は手に取って見つめる。表紙の右下には、色褪せても主張を続ける小さな私の家紋。震えそうな手でページを捲っていくと、今の質問がやり取りされた答えがそこには載っていた。悟くんは私が何を見たのか、言葉を待っている。学長に真偽を訊ねる意味でも、悟くんに伝える意味でも、なんでもない。ただ事実を受け入れられないまま、視界に入った文字の羅列を舌の上で滑らせた。
「姫彼岸の術式を受け継ぐ者は、その罪故に子を成す事が出来、ない」
突きつけられた事実に疑問ばかりが浮かぶ。女だけが受け継ぐことの出来る術式。私の母、そして祖母の存在。子を成す事ができない?なら何故私は此処に存在するのか。
術式姫彼岸の『双の罪』
術式消息盈虚の『無知の罪』
二つの言葉を思い出してハッとする。姫彼岸の二つの罪って、もしかして、いや、嘘だ。そんなこと、人間の出来る沙汰じゃない。そんな事あってはいけない。それでも行き着いた答えが揺らぐことはなく、私の手にしていた書物はするりと抜けて床へと落ちてゆく。
「姫彼岸の術式を受け継ぐ子は皆、姫彼岸の術式で生み出された子ども……なの?」
私の気持ちが伝わっているのだろう。湯呑みを持つ手に力が篭ったが、楽巌寺学長は最後まで否定することは無かった。