「あ、五条先生」
「いやーごめんね悠仁、これ京都土産」

 数が無いからこの場にいる奴だけな、と茶目っ気たっぷりに人差し指を口元に寄せて小さな紙袋から小箱をひとつ手渡された。うわ、木箱に入ってるとか、マジもんの高いやつじゃん。うわー…と感嘆している隣で慣れた様子で受け取る先輩達。すごい、慣れている。

「これね、ナマエさんが好きなんだよ。京都の出張あるとみんなこっそりナマエさんにだけ買ってるんだ」
「ちょっと憂太、僕それ初耳なんだけど?」
「五条先生が知ったら横取りして喧嘩始めるじゃないですか」
「しないよ!僕の事なんだと思ってるのさ?!」
「悟諦めろ、お前はいつまでも29歳児だ」

 先生の持つ紙袋に書かれた店名を慌ててスマホにメモして、次京都に行く機会があれば絶対買ってこようと心に決めて、あとは先生に託して俺は自室へと戻った。さて、店舗はどの辺にあるのだろうか。まずはそれを調べる事だな。





 いつもならこれだけ賑やかなら起きそうなナマエさんが、あいも変わらずただただ年相応(と言うと実年齢とは異なるが)のあどけない表情で眠っている。そんな彼女を五条先生はソファで横抱きにしてご満悦の様子だ。……此処一応学び舎ですよね?真希さん辺りが居たらキレていたに違いない。そんな彼女達だが、今日は午後からの悪天候で、映画鑑賞に来る筈だったが出先で足止めをくらっているとメールが届いた。いつもなら賑わう時間の共有スペースも、今日は伽藍堂だ。ナマエさんを見守る僕達だけの優しい時間が静かに流れてゆく。

「憂太、パンダ、コイツ何か言ってた?」

 僕とパンダくんは顔を見合わせてから、モーションだけで否定した。細かい話は聞いてない。ただ、いつも通り電池が切れた様に脱力していた。……あ。

「悠仁くんが見つけた時に、『もう何も考えたくない』って呟いてたって……」
「やっぱりね」
「……また術式絡みですか?」
「そんなトコロかな。ぶっちゃけ僕からしたらどうでも良いんだけど、ほら、コイツ気にしぃだから。すぐ気負うんだよ」
「そりゃぁ五条家の嫁だぞ、気負うだろ」

 パンダくんの言葉に首肯すれば、予想外にも先生は目をまんまるくしてマジ?と僕達を見つめた。それもわざわざ目隠しを外して、だ。美しい双眼は全てを暴ける筈なのに、こんな時に気付かないなんてちょっと面白くてふ、と思わず息が漏れた。パンダくんは遠慮がないので大爆笑だ。そんな僕らを見てムスッとした五条先生は、そのまま目隠しを下げ切っていつものサングラスをかけた。
 最近の先生はサングラス姿が多い。理由を訊ねてみると、サングラスの方がこっそりナマエさんの呪力を見やすいかららしい。本当、何処までもナマエさんの為に生きている人だと思う。そして、そうやって生きていたい人なのだとも思う。なのに世界はそれを許さない。

「ナマエさ、もう暫く不安定だろうからよく見てやって。無理ない範囲でさ」
「もう悠仁くんに言っておきましたよ、それ」
「……ホンット憂太うちの花嫁さん好きだよねぇ」

 貴方にだけは言われたくないです。





「……って言う事があったんだよ。悟馬鹿だよな。お前に言われなくてもって感じだ」
「しゃけしゃけ!」

 夕飯時には滑り込みで間に合った三年のみんなで男子寮で卓を囲みながら今日あったことを話した。主にパンダくんが。真希さんは話が進む程に表情が険しくなりながらも、箸は着々と進んでいる。完食済みの棘くんは相槌を入れながらパンダくんの話に聞き入っていた。

「オメーら。今する話でもねーから、寝る支度済んだ奴から再集合にしようぜ。声かけられそうなら2年の奴ら……特に虎杖も呼んどけ」

 それだけ言い残して真希さんは食器トレーを持って席を立ってしまった。珍しく残り数口分のご飯が残っていて、ただ事じゃないことだけは理解できた。
 そこからはなんとも慌しかった。
 男子寮にいる虎杖くんにこの後の予定を訊ねて、他の2年生達への連絡もお願いした。それから追いかけるように浴場に駆け込み、棘くん達とお風呂を済ませ、一体何があるのか分からないまま、落ち着かない時間を過ごした。





「あくまでアタシの予想だ。鵜呑みにすんじゃねーぞ。あと口外禁止。出来ない奴は此処から失せろ」

 いつも以上に鋭い言葉は、それだけ大事な話を今からしようとしているということだった。その場にいる全員が思わず息を止める。暫し視線を落とした真希さんは、まるで何かを覚悟したかのように顔を上げて話し始めた。

「ナマエは御三家に嫁いだ。そして相手は五条で、不倫をすることはまずねーだろ」
「ふっ……?!」
「つまり、ナマエは五条との間に跡継ぎを産まなきゃなんねぇ」

 突然のワードに赤面したのも束の間、場は一気に静まり返る。何故なら僕達は皆、ナマエさんの特異体質を知っているからだ。術式の対価に縮む身体。心と体がちぐはぐの彼女に、果たして可能なのか。
 真希さんがこの話をしたのは、彼女自身も御三家の中で苦しんでいる一人であり、ナマエさんの立場を真っ先に理解したからだろう。頻繁に呪力を確認する先生。でも少なくとも僕には何も見えなかった。つまり、問題は呪力に関わりのない所で起こっているのだ。今日虎杖くんがナマエさんを見つけた場所から鑑みるに、彼女はきっと真っ先に硝子さんに相談したのだろう。

「本来御三家との婚約が決まった時点で未来は決まってんだよ。でも五条がそれを許さなかった。だからナマエは今まで自由に高専で過ごしてたろ?でも、跡継ぎに関して何か言及されたとか、何かしら問題が生じたなら話は別だ」
「別っていうと何だよ、真希」
「本来なら側女と子供だけ作るとか、色々あンだよ。でも五条はそーゆー奴じゃねーだろ。それに跡継ぎなんて絶対実子じゃなくても良いとか言い出すだろ。でもナマエはそう考えない。今になってとうとう、御三家に嫁ぐことの重さに気づいたんじゃねーの?」

 素人推理だけどな。と鼻を鳴らした真希さんは、手元のレモンスカッシュを一気する。僕は御三家というものがまだ理解出来ていない。真希さんや五条先生を通して、その権力や傍らに存在する不条理を知るだけだ。
 僕達に伝えることを躊躇う過去を持つナマエさんが、五条先生と幸せに過ごしているだけで、僕達は幸せを分け与えられているような気持ちでいた。でもそれは五条先生がナマエさんを想って、精一杯作り上げた鳥籠でしかなかったのだ。ナマエさん自身は五条先生のご両親と親しくしているらしいから、それが更なる重責となっているのだろう。

「楽しそーなことしてんな、私も混ぜろよ」
「しょ、硝子さん?!!」
「どーせナマエの事だろ。下手に嗅ぎ回られるより話した方が早いからな。……って、五条が言ってたぞ」

 その場にいる全員が凍りつく。ナマエさんを大切にする者同士、考えることは同じだったようだ。
 結論から言えば、真希さんの推論は間違っていなかった。ただ、文献に書かれていた内容だけは、教えられなければ知り得ない情報だった。真希さんは「遠縁の憂太が跡継ぎやれば解決じゃねーか」と真顔でとんでもないことを言い出す。聞いただけで胃に穴があきそうだ。それなら本来禅院家だった伏黒くんでも良い気がするけど、五条先生自身はもう暫く死んでやる気はないとかで、跡継ぎはまだ考えていないらしい。

「ま、五条はなんだかんだ考えてンだろ。お前らはいつも通りナマエに構ってやんな。あと風呂上がりにこんな密会するな、風邪ひくぞ」

 そう言うと綺麗に組んでいた脚を解いて、ペタペタとスリッパの音を立てて硝子さんはその場を去ってしまった。背中が見えなくなった頃、小さくヨシ、と決意のこもった声が聞こえて皆がそちらを向く。渦中の虎杖くんは満面の笑みである。

「みんなで美味いモン作って食いましょ!クレープ大会!!」

 彼の手元のスマホには五条先生からの返信。予算の心配はしなくて良さそうだと、手際の良い彼を前に、その場にいるみんなが笑ってしまった。



彼女の名を冠した宗教の真似事


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