「……くれーぷ?」
「はい!ホットプレート用意したんで、生地ガンガン焼きますよ!」
数日後、何とかオフを調整して貰って集まった俺たちは、早朝から先輩達と一緒に機材から材料まで準備した。出勤したナマエさんを捕まえて、有無を言わさず高専寮の共用スペースまで手を引いた。訳知り顔の五条先生は此方に向かって手を振っていた。
「でも私今日溜めてた書類やらないといけなくて……」
「それは新田さん達がやってくれましたんで!無いです!」
「は?!!」
「今日のナマエさんの仕事は、火を扱う生徒の見守りです!夜蛾学長のお墨付きッスよ!」
ぽかん、と開いた口が閉じられたと思いきや、くふくふと笑いだす。こないだの表情を思うと、その笑みがとても価値あるものに感じられた。そりゃあ、夜蛾学長からも材料費が出るわけだ。
「悠仁くんの一枚目は私焼くから、悠仁くんは私の一枚目を焼いてくれる?」
「勿論!何枚でも焼きますよ!!」
そんなに食べられるかなぁ、と困ったような言葉とは裏腹に、ナマエさんの表情は柔く温かいものだった。
「へいらっしゃい!!ホイップからツナまで良い具材揃ってますよォ!!」
「釘崎お前コーン缶開けただけだろ」
「うっさいわね!伏黒だってバナナ切ってただけじゃない!」
「包丁握っただけマシだろ」
どっちもどっちだろ。そう内心毒吐いていると、繋いだ手の先から「まあまあ」と仲裁する声が聞こえてくる。そういえばナマエさんの前でこの3人が揃うのはいつぶりだっただろう。一年生の頃は毎日のように突き合わせていたのに、渋谷の件以来1人での任務が急増してしまって、そもそも俺自身が久しぶりに感じられた。図らずも、ナマエさんだけでなく俺たちの息抜きにもなってしまいそうだ。
「お、来たな〜正道から差し入れで良い果物入ってるぞぉ」
「パンダほんと?そしたら後で幾つか作ったの持っていってあげなきゃだね」
「こんぶ、おかか」
「そうだな。正道には棘と俺が行くから、ナマエは悟と硝子に持ってってやれよ」
「悟くんはこの後泊まりで任務だから、硝子ちゃんの分だけ作ろっかね」
生地がプレートに落ちる音が聞こえだしたところで、ナマエさんはキッチンで手を洗い出した。肘近くまで洗ってしまうのは、家入さんの医療実習に同行してた時についてしまった癖らしい。プレートは2枚、ひとつは甘いやつ、もうひとつはおかず系を作る用だ。ナマエさんはトコトコと伏黒のいるプレートへと寄り、家入さんへの差し入れを作るという。
慣れた手つきで生地を落としてお玉で広げる様子は随分と手慣れていて、思わず俺も伏黒も見入っていた。曰く、学生時代に五条先生たちともこうして作ったことがあるのだという。ちなみに生地を焼くのは殆どナマエさんで、五条先生はもう一人と食べ比べをしていたと懐かしむように昔話を聞かせてくれた。
「硝子ちゃんはあんまり甘いの好きじゃないから、ツナサラダにしようかな。まだ朝だし、ひとつで充分ね」
手際良く包んでから、小さなチョコの欠片を添えた。好きじゃないとはいえ、朝の糖分は大切だとナマエさんは言う。カルテを見ながらでも食べやすいよう、スティック状に包まれたツナサラダのクレープからは、いつも通りのナマエさんのさり気ない優しさを感じる。
「ちょっとだけ席外すね、すぐ戻るから私の一枚目焼いておいてね、悠仁くん」
「あ、ウッス!いってらっしゃい」
パタパタと軽快な足音を残して去ってゆく背中を全員が見つめている。
「ナマエさん、平常運転ね」
「アイツ気落ちするとトコトン沈むけど、立ち直るのも一瞬なんだよ。まあ無理してる所はあるだろーな」
「おかかぁ……」
「棘くんは任務で忙しくて会えなかったんだから、気づけなくても仕方ないよ」
こんぶ!と不服そうに騒ぐ棘先輩の近くで、伏黒がそっと乙骨先輩に耳打ちをしている。そこまで抑えた声でもなかったので、多分棘先輩と釘崎以外はみんな聞こえていた。
「寧ろ乙骨先輩よく遭遇しましたね」
「お前、何かとナマエが落ち込んでる場面に遭遇してるよな」
「いや、最近はそうでもないよ。一年の時はつきっきりで面倒みてくれてたから一緒に居る時間長かったし……」
「あー確かに、編入だったもんな憂太は」
「長い筈なのに出来ることは少ないからもどかしくなっちゃうよね、ハハ……」
こうやって話を聞いていると、なんだかんだ五条先生とナマエさんって互いに補い合っているんだなと思う。五条先生が出来ないケアをナマエさんがしていたという乙骨先輩の事や、俺と地下室に隠れて特訓をしていた事なんかが良い例だ。
「あー…ナマエさんって、やっぱり凄い人だったんだなぁ……」
もう見えなくなったナマエさんの背中を思い浮かべて、俺は言葉に出来ない感情に囚われていた。