小さな両手でぽちぽちとガラケーで補助監督に連絡を入れている間にも、五条くんと夏油くんはお互いにちょっかいを出しては喧嘩に発展している。すっかり慣れてしまった私は、特段彼らを止める事もなく、役目を終えたガラケーを仕舞った。
足元に置かれた刀は、五条くんの六眼曰く呪物化したものらしく、任務の予定外ではあったが持ち帰る事になった。周辺を探索し、この刀は呪力を求めて、寄ってくる呪霊から根こそぎ呪力を吸い取っていたことが判明した。このままにしておくと要らぬ災厄を呼び寄せかねないということで、おそらく忌庫行きになるだろう。
「ナマエ大丈夫かい?持つの代わろうか?」
「ううん、沢山呪力を喰われたのは最初だけで、今は全然。お腹いっぱいで寝てるみたいに大人しいよ」
「呪物のクセしてやる事赤ん坊か、いてぇ!」
「五条くんが悪く言うから怒ったのかな?」
私の足元で大人しくしていた刀は、鞘で思いっきり五条くんの脛にフルスイングを決めた。痛がる五条くんを他所に刀はご満悦な様子で足元に戻ってきた。
「随分懐かれているね」
「食べた呪力が私のだったからだよ」
「でもこの刀は私達の中からナマエを選んで呪力を吸い取ったんだ。きっと好みがあるのかもね」
「先頭歩いてた五条くんのことガンスルーだったもんねぇ」
あの時の不服だと言いたげな顔はなかなかのものだった。私は突然飛んできた刀に驚いて気が回らなかったが、夏油くんはきちんと写メを硝子に送ったという。今頃美人顔が台無しになるくらいにゲラゲラと笑っているに違いない。
「悟が言うには君の呪力の扱い方と相性が良いからだと言っていたけど、いまいちピンとこないね」
「正道に説明する時に同じ事喋るから、二度手間になって嫌なのよ。物臭ボーイだ」
「うるせーよ。で?連絡ついたのかよ」
「自力で帰宅した方が早いから迎えは要らないってメールした。2時間も此処で待つの、二人とも嫌でしょ?」
沈黙は肯定である。五条くんは隣の夏油くんをじっと見て、頷いた夏油くんがいつもの呪霊を呼び出した。チャイルドシート宜しく胡座をかいた五条くんの上に座らされて、夏油くんの使役する呪霊はゆっくりと高度を上げていく。迎えを待てば5時間かかる帰路が、お陰で1時間程度で済みそうだ。
いつも遠出の時にお世話になる呪霊の彼をそっと撫でて、小さくありがとうと呟いた。それに呼応するかのように、刀が音を立てたような気がした。
「説明はこれからするけど、この呪物はナマエ預かりにしとくのが安全だと思う」
正道の元に報告をしに来て最初に口を開いた五条くんはトンデモ発言を披露した。夏油くんはなんとなく予想が出来ていたのか、然程驚いた様子は無い。強いて言えば「やっぱ言うんだ」という感じだろうか。そんな彼とは異なり、予想だにしなかった展開に、は、と息を吐いただけのような驚きの声が漏れた。正道は眉間を押さえながらも続きを促した。
「忌庫に下手に入れとくと、呪力を求めて暴れ出す。でもコイツに呪力を流してやれるのは多分この場にはナマエしかいねぇ」
「……と、言うと?」
「結界術並みに複雑な作りなンだよこの刀。だからただ呪力を流しただけじゃ、ただ呪力を喰われるだけで効果を発揮出来ねェ。……ナマエなら結界術得意だろ。あの要領で呪力流せば、最大限に刀を活用出来ると思う。つか見つけた時も真っ先にコイツ目掛けて飛んできたしな」
「なるほどな……よし、数日ナマエ預かりで様子を見よう。それでいいか?」
こくん、と頷いてみせれば、念の為六眼で私が持った状態で刀の様子を見てもらう。そして言われたのは「やっぱり中と外がチグハグでキメェ」とお決まりの台詞。そっちは見なくていーんだよ馬鹿。
「とりあえず持ち歩く為に袋用意しなきゃだなぁ」
「私が竹刀を入れていたやつ、お下がりでもよければ後で渡すよ」
「えっ助かる、夏油くんありがとう」
流石に刀で常に両手を塞がれるのは困るので、申し出に有り難く甘える事にした。夕飯後に取りに行く約束をして、私は寮の自室へと戻った。
「ヘェ?それが噂の御三家様をフった妖刀?」
「呪物ね。ただいま、硝子ちゃん」
女子寮のソファですらりとした美脚を組んで座っていた硝子ちゃんは、写真の五条くんの顔を思い出したのかふふ、と少しだけ吹き出した。ココア淹れてあるよ、と笑い混じりに教えてくれたので、御礼を述べてキッチンのカウンターから自身のマグカップを手に取って硝子ちゃんの隣に座る。先程また呪力を食べたお陰で、刀は大人しく私の側までやってきて、ゆっくりとローテーブルの上に鎮座した。意思疎通が出来る刀。不思議なものが当たり前に存在するから、呪術界は飽きない。
ふと視線を感じてココアにつけようとした口を離して硝子ちゃんを見上げる。……これは、からかい混じりの顔だな。
「硝子ちゃん、ココア飲めないよ」
「いやぁ、画像の五条、刀に妬いて馬鹿だなぁと思ってさ?多分半年後にふと見せられても笑える自信あるよ」
「妬いてる?五条くんが?」
それはないと即答するとさらに悪い顔へと硝子ちゃんは変わってゆく。確かに五条くんはよく構ってくる。ウザい程に。けれど、妬かれるような関係でもなければ、そういった感情を向けられた記憶は全く無い。きゅ、と顰めた眉間を綺麗な指で伸ばされる。「将来シワになるよ」って、失礼だな。硝子ちゃんの所為だよ。
「とりあえず少し刀のこと少し調べるから部屋に行くね。ココアもらってく、ありがとう」
「あいよー、途中で転んでひっくり返すなよ」
「はぁーい」
「だってよ、五条?」
『……っせーよ』
小さい背中が階段に消えてすぐ、隠し持っていたガラケーにそう囁く硝子は楽しくて仕方がないとでも言いたげな声色だ。対して五条は不満しかない。突然硝子からかけられた電話は何事かを言うでもなく、ナマエとの会話をひたすら垂れ流していた。切るタイミングを失った所為で、結局最後まで盗み聴きした形になって少し居心地の悪い思いだった。
「お前が日頃あんだけ露骨に態度に出しててあの反応、中々に落とし甲斐があるな?」
『別にそんなんじゃねーよ!』
「ムキにならずに認めな、知ってるんだぞー。お前夏油には好きかもって零したらしーじゃん?」
『おい傑テメェ!何カートンで買収されたんだよ!!!』
一緒にいたのか、電話先では日常風景の口喧嘩が勃発していた。まあ事の発端は私だが。サンダルを引っ掛けて寮の外に出て、咥えた煙草に火をつける。出会って間もない頃、未成年喫煙をする私を見てナマエが素っ頓狂な声を上げてから止めてきた事を思い出した。
あれから幾月かを共に過ごしてきて、互いにすっかり気を許す仲になったが、彼女の背丈には目に見える変化は無かった。吸い込んだ煙を冷える空気に溶かし込むようにそうっと吐き出してゆく。
「大事なら、消えちまう前に捕まえとけよな」
硝子はそれだけ呟いてガラケーをそっと閉じた。大喧嘩を繰り広げる五条に聞こえていたかは定かではないが、それからさらに数ヶ月後、あの二人が付き合う云々を一足飛びして婚約する事になるのは、この時はまだ誰も知らない。