ひと通りの用事を済ませてあとは寝るだけというところでガラケーが着信を告げる。ディスプレイには「夏油傑」の名前。調べ物にのめり込んでしまってすっかり忘れていた約束を思い出して、私は急ぎカーディガンを羽織り、僅かに出た指先で刀を引っ掴んで男子寮へと駆け込んだ。談話室に居た夏油くんは寛いだ様子で本を読んでいたようで、丁寧に栞を挟んでローテーブルへと置き、自身の隣へと手招く。

「ごめんね、調べ物しててすっかり忘れてた」
「ナマエの事だからそうだと思ったよ。これなんだけど、彼はお気に召すかな?」

 彼、と呼称されたのはおそらく刀の事だろう。私は柄の形や刃の造り、どういった経緯であの場所にあったのか。色んな方面から調べてみたものの、これと言った情報は出てこなかった。これは忌庫の書物の閲覧も検討すべきかもしれない。ただひとつ見分として確かに分かるのは、この刀が持ち主に愛されていたということだった。持ち手部分から感じる繰り返し修繕された痕跡や刃こぼれの感じられない佇まい、丁寧にメンテナンスをされてきたことがありありと伝わってきた。

「付喪神が呪物になったケースだし、それなりの刀鍛冶の作品かと思ったんだけどねぇ」
「確かに古さを感じさせない刃先だね。何処かナマエに人懐っこいように感じるのも、かつての持ち主に愛された経験がそうさせたのかもしれないな」
「……羨ましいな、私にはない経験だね」

 そっと机上に置かれた刀の鞘を撫でると、ゆっくりと起き上がった刀は私の傍へと寄ってきた。カタカタと音を鳴らしている様は、まるで私を慰めているようだった。

「はは、本当に好かれているね。さて、これを渡さないとね」
「あっありがとう、入ってくれるかな」
「君がお願いすれば入ってくれそうだけれどね」

 刀を仕舞えるサイズの巾着袋は、持ち上げてみるとリィー…ン、と、少し変わった鈴の音がした。そういえば先日夏油くんと五条くんのペアの任務地は日光だった筈だ。

「……鳴き龍の鈴?」
「そう、丁度日光東照宮に寄ったからお土産さ。ナマエが困ってる時に、私たちがすぐに迎えに行けるように。ね?」

 ちなみに皆で色違いなんだよ、と目を細めた夏油くんは何処か含みを感じたが、生憎それを汲み取るだけのスキルを私は持ち合わせていなかった。五条くんなら理解できるのだろうか。私は鳴き龍を再現した鈴を揺らして音に浸る。相変わらず色彩の足りない私の生活に、淡い桜色の鈴が加わった。
 わざわざ刀の袋に付けておいてくれた事が嬉しくて、私はもう一度夏油くんにありがとう、と伝えた。夏油くんは言葉を返す代わりに、私の頭をゆるりと撫でてくれた。沢山の人を救う掌は、とてもとても、温かく感じた。温もりを甘受していると、突然頭から手が離れて、彼の視線は談話室のドアの方へ向けられる。つられて振り返ると、制服姿の五条くん。相変わらず彼は学生とは思えない多忙っぷりだ。

「ああ、悟おかえり。鈴は渡してあるよ
「おかえりなさい、鳴き龍の部屋、行ったの羨ましいなぁ」
「お前行ったことねーのに知ってたんだ」

 鳴き龍は、計算された部屋の構造により、天井や壁、床を繰り返し音が行き交う事で、まるで龍が鳴いているような音が部屋中に響き渡るといったものだ。私は書物で知っただけで、東西南北どの鳴き龍の部屋にも行ったことはない。私は五条くんの言葉に頷くと、じゃあ次は日光ツアーか、と楽しそうに笑っていた。袋に収まってくれた刀身もカタカタと楽し気に揺れている。

「フーン……情報ナシ、ねぇ。ただの刀にこれだけの呪物になる付喪神が憑くとも思えねーけどな」
「一応明日にでも忌庫の書物も漁ってみるつもりだよ。五条くん、この刀ってそんなに複雑なつくりなの?」
「お前は無意識だろーけど、コイツに呪力流すのは、トランポリンしながら目隠しイライラ棒してるよーなもんだぞ」
「流石、繊細な呪力操作はダントツだねナマエは」

 どんな生き方をしたらそんな例えが浮かぶんだ。とりあえず誰も彼もが扱うのは難しいという事だけ理解した。

「ところでこの後桃鉄やるけどナマエもやるよな?」
「うん、私を持ち上げながら言わないで?」
「今日は何十年にするんだい?悟」
「私やるならマリパがいい……」
「よし桃鉄99年チャレンジ行こうぜ」
「聞いて!そして降ろして!」

 喚いたところで巨人に捕えられた小人は成す術などない。ハッとして巾着袋に仕舞われた刀に期待の眼差しを向けた。加勢してくれるのでは、と思った途端に「あ、それ巾着しめたら行動制限かかるようにしてあるから」と良い笑顔の五条くん。嘘じゃん。持ち主は夏油くんだった筈なのに、いつの間にそんな術を。ぐりんと視線を向けた先では、ごめんね、と良い笑顔の夏油くん。なんとも楽し気である。とりあえず桃鉄から逃げる事は許されないことだけ悟った。諦めた私は踠くのを止めたが、これだけは叫ばせて欲しい。

「裏切り者どもーーー!!!」

 そんなこんなで結局避けられなかった桃鉄の途中で眠りこけた私は、翌朝五条くんの部屋のベッドで眠っていて、部屋の主人が床で寝ていることに気づいて酷く驚くのだった。



神様こちら、鈴鳴る方へ


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