ナマエにとって刀は、単なる刃物武器ではない。呪力を与えれば指示通りに動く式神でもあり、単純な戦闘面におけるリーチを伸ばすもの。それは時には伝達役もこなすし、時には編み込まれた紐を掴んで振り回したり、地面に突き刺した刀の鍔に足をかけて宙高く跳ぶ事もある。
 そんなナマエの戦い方はただただ自由だ。
 世間の当たり前にも武器にも、何ものにも囚われない戦い方をする。元々避けに徹した指南を受けてきた彼女は、その一点に於いては術師最強だろう。(勿論無下限により無力化は除くが、)一発を当てることさえ特級術師ですら難しい。そんな学生時代を想起するのは、五条と家入、それと彼らの師である夜蛾だ。

「まさかあの五条がナマエと戦う事を選ぶとはな……」
「んやー、単に脳筋なだけでしょう。拳で黙らせようの精神」
「アイツなぁ……それで過度な消耗したらどうするんだ」
「その為の私と教え子達なんじゃないですか?」

 ぷあ、と浮かんだ丸い紫煙は目の前の生徒達を囲んでいる。ナマエのことだ。生徒の手前、不安にさせるラインは越えないだろうと、そう思って五条はこの場を設けたのだろう。それでも早くナマエを捉えるのは至難の業だ。何より、思い通りに動かないのもまた彼女なのである。
 領域展開は使えない。相応の領域での押し合いとなれば、みるみるうちに消耗していくだろう。家入はナマエの領域展開を目にした事がないが、曰く『使用者も下手したら気が狂う』らしい。生と死を扱う術式の領域展開。何が起こるかなぞ、これまでの彼女の経緯から推察すればある程度理解の及ぶものだ。

「でもまさか天元様の保護結界さえアイツは抜け出せてしまうとは……」
「ナマエもちゃんと成長してるって事じゃないですかぁ?見た目はアレでも私とタメですし。ていうかあの子も割と無茶するんですね。親譲り?」
「………」
「正道、ぐうの音も出ねーな。割とナマエはお前似だと思うぞ。パンダだから知らんけど」

 あ、腕まくりした。見ていた生徒全員がその仕草を見逃さなかった。"喧嘩"のペースが上がる程に加速度的に縮みゆくナマエの身体。始めこそぐい、とたくし上げるだけだった裾も、流石に折らねば邪魔になってきたのだろう。生徒達の拳に思わずチカラが篭る。

「っあー!もう見てらんねー!けど離れらんねー!!起きないナマエさんの見舞いよりしんどい!」
「虎杖うるせー。一番キツイのは五条先生だろ」
「そーだけどさぁ……他にやりようなかったのかな」
「それを拒否されたからこうなってるんだろ」

 視線の先では、決して手を抜いている訳ではない師の戦いが繰り広げられている。にも関わらず、ナマエにはかすりもしない。まるで矛と盾。高レベルの戦いに、虎杖は時折息をするのを忘れてしまいそうだった。





「そろそろ諦めてよ、悟くん」
「可愛い奥さんの我儘でも聞けないものがあるんだよ、ナマエ」

 ゆったりとした会話とは相反して、互いの拳や蹴りが宙を舞っている。当たらないのは、互いの術式が空間に作用出来るからだ。まるで将棋のように、何十手も先を見据えて身体を動かしていくのに、双方の攻撃は一向に当たる事はない。ーーいつもなら、とうにナマエが勝っている頃だった筈なのに。

「桜吹雪!どうして戦ってくれないの?!」

 愛刀の桜吹雪がまるで反抗期のようにナマエの手からするりと抜けて、天高くからこの戦いを見下ろしていた。リーチの差を埋めたり体術のサポートを担う愛刀がない分、地力を求められていたナマエは中々決め手に欠けていたのである。戦いの中踏み込んだ瞬間にかくんと足が地面を捉え損ねかけて、また"変化した"ことに気づき思わず舌打ちが出た。
 小さくなればなるほど必要な愛刀のサポートが得られない。ひたすら避けに徹するナマエはどうしても強打を打つ事ができない。

「もう!いい加減にしてっ桜吹ぶっ……」

 五条の動きが止まる。いや、その場の全員の動きが止まった。ナマエは信じられない光景にうそ、と正しく音に出来ていたかは分からない。
 それでも、ナマエの喉元に切先を向けている愛刀の存在だけは、現実だった。出会ってから一度だって我儘こそ言うが敵意を向ける事は決してなかった筈なのに。いや、これは敵意ではない。

「お前も、私を止めるの……?」

 切先は静かに下がる。まるで首を垂れるかのように、ナマエの目の前でがしゃりと、力尽きるように土煙をたてて横たわった。
 瞬間。ナマエの感情の蓋にひびが入る。次第に広がり、とうとう端まで到達したその瞬間、それは産声を上げたのだった。

「りょういきてんかい、………」
「ナマエ!もうやめろ!死ぬぞ!!」
「……あは、しんじゃった」

 夜蛾は目を見開いた。視線の先の彼女は、出会った頃の生死に無関心な幼子と同じ瞳をしていたからだ。
 瞬く間に覆った呪力は、生きとし生けるもの全てに地獄を見せた。



崩壊エピローグ


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