日本各地を横断するかのように、絶えず駆け続けた。今頃悟くんは決死の戦いを迎えてるというのに、傍で見守ることをしない私を皆は責めるだろうか。いや。きっと私と悟くんらしいと、苦笑気味になんだかんだ肯定してくれるだろう。

『私は私に出来ることをしようと思うの』
『……うん、そう言うと思った』
『高専は殆どの人員を両面宿儺に割かなきゃいけない。でも呪いは全国で変わらず生まれてる。だから、私はそっちの対応に行くよ』
『とか言って、俺が死んだら術式酷使して後追うつもりでしょ?』
『術師は死に方を選べないなんて言った正道への反抗かな』

 悟くんはきょとんとしてから暫し考え込んだ様子で、丁寧に選んだであろう言葉を、何気ないふりを装って私に投げかける。

『……生まれてからずっと生き方を選べなかったんだ、死に方ぐらい選んでいーんでない?』
『はは、確かにそうだ。生徒のみんなにお手紙残しておこー』
『え、もう俺死ぬ前提なの?』
『私は生きててほしいけど、君自身がそうじゃないでしょ?』





 刀を振るう手がぴたりと止まる。改変されてしまった日本。ひとつづきとなった結界を通過点にして、鉄火場の状況を垣間見る。ぎゅ、と唇を噛み込んで、呪力の出力を上げていく。歪む視界にも構わず再び駆け出した私は、足からすり抜けたブーツもすっかり肩から落ちてしまった服に目もくれず駆け抜ける。あの人のもとに逢いにゆく。でもタダで死ねるほど安い命ではない。最期の最期まで呪い合って死んでやる。それが、呪術師として生きてきた私なりのケジメであり、高専の戦力として助力しなかった事へのせめてもの償いだった。
 いよいよ両手でさえ刀を持つ事も叶わなくなった頃、私は荒廃した辺りを見渡してから、そっと最後の呪力を放った。

「りょういきてんか、い………」





 いつのまにか眠っていたのか、目の前には壁一面のガラス窓と青い空が広がっていた。どうやら空港らしい。ぶらぶらと揺れる自身の足をみて、随分縮んだな、と何処か他人事のように床を見つめていると、大きな影が私に被さった。

「墓参りで日常会話の続きをする人間がまさかいるとは思いませんでしたよ」
「貴重な人材でしょ?七海くん」

 顔を上げれば高専時代ー若かりし頃の七海くんと、後ろからはもうずっと見られないと思っていた屈託のない笑顔が現れる。嬉しさのあまり私も顔が綻んでしまう。ワンコ気質なのは変わらないようだ。七海くんも口では鬱陶しそうにするものの、嬉しそうに見えるのは私だけではないだろう。

「変わらないようで安心したよ、灰原くん」
「お久しぶりです!」
「うーん、やっぱり悠仁くんと同属性だなぁ」
「ユウジ?って、もしかして」
「七海くんに指導してもらった子だよ。ナナミン〜って懐いてたよねぇ」
「あれは怖いもの知らずというんです」

 渋谷での出来事を思い出したのか、深いため息をつく七海くんをみて思わず苦笑が漏れる。聞いた話によると、悟くんが封印されてしまったことを伝える為に、悠仁くんはこれでもかと言う程の声量で「ナナミン三三七拍子」なるものを披露したらしい。生で聴けなかったのが残念でならない。呼ばれた当人は思い出して疲れ切ったようなため息をついた。でも懐かれていたことは満更ではなさそうなのが、彼が術師に戻ってきた所以なのだろう。人間を邪険に出来ない人間ほど、術師として続いてしまうものだ。

「……二人は後悔した?術師として生きたことに」
「そんな質問するなんて随分とらしくないですね。答えなんて分かりきっているでしょう」

 虎杖くんから聞いたのでしょう?そう呟く彼の目は優しい。そう、聞いた。悠仁くんが七海くんから託された最期の言葉。呪いではない。あれはまじないとして彼の生きる糧となり指針となり、何より支えになるだろう。悠仁くんは言った。七海くんの分も苦しんで生きていくと。悠仁くんは何処か自己犠牲の精神が強い節があった。それは彼自身の生まれ持ったものであり、渋谷事変を経て抱えた罪悪感からだったのだろう。
 それを良い方向に導いてくれたのは、間違いなく七海くんのかけた言葉だ。そう言えば、七海くんはそうですか、と学生当時ではきっと見られなかっただろう朗らかな笑みを浮かべていた。

「お前さぁ、普通まずは俺のとこに来るんじゃないの?」
「来たばっかりなのに無茶言わないでよ。お疲れ様悟くん。宿儺倒せた?」
「悠仁達がなんとかすんだろ」
「……そっか、」

 暗に五条悟一人の手では祓いきれなかったという事だろう。それでも残してきた仲間達は決して弱くない。きっと未来を救ってくれるだろうと、根拠のない確信があった。だからこそ私は東京を離れたのだから。

「私の死体が迷惑かけたようだね」
「夏油くんは死体になる前にも充分迷惑だったよ」
「あれ、今日は随分と辛辣だね?」
「……ふふ、まあね」

 私をひょいと肩に抱え上げた悟くんは、そのままスタスタと慣れた様子で歩き出して、私も落ちないようにゆるく腕を彼の頭に回す。促されるままに視線を向けると、そこには正道の背中があった。床に降ろされた私は一目散に駆け寄っていく。

「……っ、まさみち!」
「お前なぁ……来るの早くないか?」
「だって、だって……!!」

 正道がいたから私の世界は拓かれた。もしかしたらとっくの昔に死んでた可能性だってあり得たのだ。正道が死に、更には悟くん亡き世界で生きていくには、世界は私に優しくなかった。二人が上との折り合いをつけながら私に自由を与えてくれていたから幸せだったのだ。
 決して楽巌寺学長主導になるであろう新幹部を信頼していない訳ではない。けれど、間に入ってくれたり、隣に立ってくれる人は居ないのだ。同級の硝子ちゃんだけを残してしまうのだけが心残りだが、彼女は強い。きっと長らく姿を見せることは無いだろう。

「私ね、ずっと迷子だったの。でも迷子だって自覚がないまま正道が迎えにきてくれて、そこから悟くんや夏油くん、硝子ちゃん……それから悠仁くん達からたくさんのものを貰ったんだ。きっとこれが、正しい"愛情"なんだよね」

 思い出すのは私を呪った母の愛情。憂太でいう折本里香のような存在だった呪霊。祓われて暫く心にぽっかりと穴が空いたような、そんな寂しさを感じていたが、気づけば皆の愛情ですっかり埋められていた。

「お前やたら懐かれてたもんなぁ……」
「悟くん、もしかして妬いちゃった?」
「まさか」

 ハンッ、と得意げに鼻を鳴らして再び私を抱え上げた悟くんは、私の鼻先に可愛らしいリップ音を落としてから溢れ出る自信と共に言い切った。

「最後はぜったい俺の所に来るだろ?」

 どれだけ世界が呪いに覆われようと、それだけは絶対に変わらない。私と悟くんだけの普遍の理だった。



自由な世界の始発から


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