ナマエが術式無しで戦い始めて3分。おそらくもう2分も経たないうちに片がつくだろう。僕は彼女の術式を見張っていた六眼をそっと閉じた。





 思い浮かんだのは、学生の頃の話だ。
 彼女の術式は使う程に年齢を喰らうと、知識として知っていても、いざその場面に立ち会うと肝が冷えた。血塗れのワンピースから抱き上げたのは、数刻前より明らかに縮んでいた幼い彼女の姿。
 日頃の組み手では、負けは無かったが勝ちもなかった。それどころか余裕綽々とでも言いたげに軽快なステップで攻撃を避けられるものだから、僕も傑も最後は半ばヤケになり二人がかりで臨んだがやはり攻撃は当たらず、その後夜蛾センに怒られたっけ。

『術式を使わなくていいよーに、まさみちに避ける練習ばっかさせられてきたんです。だから組み手ってどうして良いかまだよく分かってなくて……』

 自分の事を思ってのことだと分かっているから、彼女は文句ひとつ言わずに淡々とこなしてきたのだろう。そして僕たちの代に放り込まれて初めて彼女は『逃げる』だけでなく『戦う』という選択肢を与えられたのだ。しかしそれはつまり、いつ前線へと駆り出されても文句は言えないということだ。
 果たして、その時の夜蛾センは一体どんな気持ちで送り出したのだろう。





「……く………さと……、悟くん、」

 すぐ傍に感じた温もりに、はっと現実に引き戻される。不安げに見上げるナマエの瞳には、苦い顔をした僕が映っていた。言ってる事と思ってる事がちぐはぐだなんて、今に始まったことではないし、それをナマエも理解している。だからこそ不安だ、心配だと、隠しもせず僕に見せてくれているのだろう。

「一級で5分だった。でも今回のは二級寄りの手応えだったから、私少し鈍ってるかも」

 実践大事だね、と先ほどとはうって変わって僕に微笑むのは、きっと僕の選択は間違ってないと、そう伝えてくれているのだろう。
 本当は戦ってほしくないし、ずっと僕に守られてくれたら良い。けれど、現実は甘くない。なんて非情なんだろう。彼女の言葉に返す言葉が見つからずにぐるぐると考え込んでいると、きゅ、と手を繋がれた。

「任務は終わったよ。早く伊地知くんと高専に戻ろう。それから、恵くんのくれたドーナツと美味しい紅茶を飲もう。ね、悟くん」
「……そうだね、帰ろう」

 呪術師は死に方を選べない。
 だからこそ、人一倍辛い経験をした君には、どうか幸せに生きてほしいと願う。けれど、出来ることなんてほんのひと握りだ。最強だなんだと言われても、彼女のことだけはてんでダメな気がしてしまう。
 なのに、そんな事はないと思わせるかのように、彼女は優しい言葉を日々紡ぐ。一緒に帰ってドーナツを食べる、ただそれだけの日常の光景。それすらも幸せなのだと、そう言いたげな彼女に、僕は朝と同じ様にキスを落とした。少し照れたナマエは、僅かに目を泳がせたのち、再び「帰ろう」と告げて僕の手をぎゅっと繋いだ。
 今日も君が生きていた。それだけで僕は少しだけ心が軽くなった気がした。

(あーっ!違う悟くんのはこっち!チョコは私が食べるの!)
(えーひとくちだけ良いじゃん〜)
(君のひと口大きすぎるからダメ!!)



屑籠の中の幸福論


ALICE+