誰かにとっての正義は、誰かにとっての悪だと過去に誰かが言っていた。はて、そんな小難しい事を話されたのはいつだっただろう。
君と息する月曜日
「こちら苗字ナマエ、ただいま現着しました。今日のお喋り相手は誰ですか?」
『もしも〜しこちら宇佐美だよ〜今日のトークテーマはこの後の夕飯についてです』
「お、魅力的なテーマだね。宇佐美ちゃんてことは今日の防衛任務は玉狛と合同なんだ」
『そ。こっちは迅さんだよ』
迅が居てくれるのか。これはいよいよ腰を据えておしゃべりに没頭してもいいな、と私は僅かに緊張を緩めた。今日のお喋り相手が宇佐美ちゃんということも大きい。
『おーい、お喋りは良いけど気は緩めるなよなぁ』
「だって迅に前置きされてないってことは、特別大きな戦闘は無いってことでしょう?」
『俺の未来視は常に100%実現する未来だけじゃないっていつも言ってるだろ』
『まーまー迅さん。で、夕飯何にします?』
『宇佐美まで……』
無線越しにテンポよく進む会話が心地良くて、私は思わず目を細めた。きっと一般家庭のリビングというのはこんな温もりを持っているのだろう。だろう、と言うのは私がそれを知らないからだ。
左手だけポケットに突っ込んで右手は耳元に添えた。そんな事したって別に何も変わらないのだけれど、なんとなくそうしたら、もっとこのやり取りが近くに感じられて、私の心を洗ってくれる様な気がしたからだ。そんなポーズだけの平和も束の間だった。ジジ、という無機質な音に私は顔を顰める。
瞬間、開きかけの門目掛けてトリガーを振るう。視界の端で処理した門は、開ききる事なく閉じられた。
「ちょっと迅、読み逃してるよ」
『読み逃してないよ、門が開ききる前にナマエが対処してくれただろ?』
「勘弁してよ……」
今ので未来が確定したから今日はもう油断していいよなんて、さり気なく恐ろしい事を言うから私はトリオン体の身体を抱えてひぇ、と漏らした。私が処理出来なかったらどうなってたのかなんて考えだした頭をぶんぶんと振って無理やり思考することを止めた。ゾッとするからやめて欲しい。切実に。
『で、結局夕飯は何にします?迅さん』
「今日は誰が当番なの?玉狛の夕飯」
『迅さんですね』
「じゃあ話すまでもなく鍋しかなくない?」
『ナマエが来るならデリバリーピザって選択肢もある』
そっちはまだ確定してないな、なんて、そんなことに貴重なサイドエフェクトを使わないでくれ、とはこの際言うのはやめた。
「人のことデリバリー扱いするのやめてくれる?」
任務が終わったらすぐ最寄りのピザ屋に駆け込むことに決めた私は、トークテーマを夕飯のメニューからピザの種類へとスライドさせる。今日は遊真くん達も居るらしい玉狛は一体何枚のピザで賄えるのだろうと思い浮かべる。なんせ相手は食べ盛りの中高生だ。足りないなんて事が起こっては可哀想だ。
「宇佐美ちゃん、今支部にいる子達だけで良いから、呼んでくれる?陽太郎くんも」
『丁度特訓室いるからすぐ呼べるよー』
「本当?そしたらメニューからとりあえず食べたいピザ選んでもらって、それメールしてくれる?組み合わせとかはこっちで調整するから」
通信越しに陽太郎のてりやき!という元気な声が響いて、呼ぶ前からいたのかと笑ってしまった。よーたろー、と気の抜けた声で呼べば、良いお返事と共にコーラの追加オーダーが届いた。カロリーオフじゃない方ね、と私が付け加えると、満足気な声が遠ざかる。前まで赤ん坊だと思っていたのにすっかりお子様が板についたな、と時の流れを感じた。
続いてバタバタと通信を賑やかにしたのは玉狛第二の面々だった。時折手合わせをする遊真くんは、ナマエさんのオススメは?と訊ねてきた。声色だけであの可愛い白髪がこてん、と傾くのが分かった。近界民である遊真くんは、字面と写真だけではイマイチ味のイメージが付かなかったのだろう、おそらく。うっすら聞こえるやり取りから、好奇心旺盛な遊真くんは がこれは?あれは?と隊長の三雲くんに矢継ぎ早にメニューを指差してることまでも容易に浮かんだ。しっかり者の三雲くんは、きっと見やすいリストを懇切丁寧な文章と共に送ってくれるだろう。
『ナマエ、任務終わったらそっち迎えに行くからちょっと待ってて』
迅はそう言って、私に待つ事への是非は訊かない。きっとこの後の未来が確定しているのだろう。無線越しに足音が聴こえるから、任務が終わる頃にはなんだかんだ任務地の境まで迎えに来てくれていて、私が待つことなんて殆どないだろう。私は今度こそ両手をポケットに突っ込んで、ゆっくりと彼との境界に向かって歩き始めた。
手にはしっかりとトリガーを握っている。迅の言う通り100%の未来なんて、本当は存在しないなんて、とうの昔から知っていたのだから。