『あ!待った待った!』
『オマエ弱いな〜今日白髪はいねーのか』
『この後来るけどもう一回!』
「……雷蔵さん、何あれ」
「お、迅じゃん」
ズゴゴ、と残り少ないコーラを啜る雷蔵にガラスの向こうで向き合う彼女達の謎行動を問いかけた。
「何って、ボードゲームだろ。なんか近界定番のやつらしーんだけど、今まで知ってるやつがいなかったからもうナマエが喜んじゃって」
差し入れくれるしエネドラの面倒見てくれるのは助かるけどな。と見慣れたファストフードの紙袋を持ち上げてみせる。本人は気にしてないらしいが、昔の標準体型の面影は微塵も残っていない。
ガラス越しに改めて彼女の手元を見ると、確かに見たことのないボードゲームだった。とんとん、と肩を叩かれ、雷蔵から向けられたスタンドマイクに向かって話しかける。
「なーにやってんの〜?」
『あ、迅!これね、近界のボドゲなの』
「らしいね、こっちだと何に似てる?」
『んー…モノポリーの戦争版?』
「せんそうばん」
モノポリーは簡潔に言えば様々な市場や資産を活用して富豪を目指すというもの。それを理解するだけでも初心者には難易度の高いゲームだというのに、それの戦争版とは一体何を取り合うのだ。……いや、想像に難くないが、分からないフリをしておこう、それが利口だ。
以前の大規模侵攻で捕虜としてボーダーに隔離されているエネドラは、雷蔵の預かりで度々映画をダシにしては情報提供をさせていた。とはいえ、当の本人は本国から切り捨てられた自覚があり、復讐できるなら何でも吐いてやるぐらいの勢いだった。
しかし、ものぐさなのだ。
喋ることに躊躇いはない。だが、めんどくさいから、ダルいから、と中々手を焼いている。それがまさかナマエというピンチヒッターがいたとは。これは出来ることの幅が広がりそうだと迅は思っていた。
「らいぞうさんこんにちは、ナマエさん来てる?」
「ボドゲ3連敗中、多分4連敗いくかな」
「ナマエさん実践は強いのにボドゲは駄目なの面白いよねぇ。そうは思わない?迅さん」
突然振られた話題に迅は驚いて少し跳ねた。まあ、思うには思うけど、面白いというよりは……
「ナマエさーん、迅さんがボドゲ苦手な所もかわいいってよ」
『えっ、』
『お、もらい』
『ああああああ負けたああああ』
サイドエフェクトなんて無くてもわかる。この後迅はナマエに八つ当たりされ、それを雷蔵に揶揄われた結果、用事を済ませず部屋を後にする事になる。ことナマエの事に関しては、遊真には本当に敵わない。いや本当に。
「迅でも私のこと可愛いとか思う心あったのね」
「……はぁ〜?」
玉狛に戻る最中、案の定げしげしと足癖の悪いナマエに八つ当たりをされた。一緒に帰路に着く予定だった遊真は何故か突然トークアプリで連絡を取り出して、かげうらで夕飯を済ませるらしい。その時のいい笑顔ときたら……遊真がいたら、この八つ当たりももう少し温和なものになっていただろう。そこまで見透かしてやってるのだから、アイツは大概悪魔である。
そしてひと通り満足したナマエは突然何気なく先の問いを俺にぶつけてきたのである。コイツ本気か。正気か。いや正気じゃないな。今回だけはみんなが俺の味方になってくれる確信がある。
「お前さぁ……本当そういう所だよ」
「どういう所?」
「周りからの愛情に鈍いのは分かってたけどさぁ、流石にここまで来てそれ言う?」
「それって?」
あ、駄目だコイツ。何言っても響かないやつだ。浮かんだ分岐はいつも通り適当にあしらうもの、そしてもうひとつは俺としては美味しいが、後が怖いリスキーなものだった。
(まぁ、たまにはリスクを取るのもいいか)
被害を被るのは自分だけだとこうも容易にリスクを取れてしまうのだから、ナマエのこと言えねーな、と内心自嘲しながら数歩後ろにいたナマエに向き直る。一歩、また一歩近づく俺に警戒する事もなく、本当に分かってない顔で俺の瞳を見上げている。こいつこんなちっさかったか。俺は少しだけ斜めに屈んで、彼女の呼吸も言葉も、唇ごと奪い取る。数秒経ってからそっと離してやると、想像力は無いが理解力は飛び抜けてある彼女はじわじわと頬を赤らめていく。
「そういう顔もかわいいね?ナマエ」
「迅のばか……」
そういって彼女は俺のパーカーの端を摘んでから、小さな声で「もっかい……」と言った。なんでこういう時だけいっちばん確率低い未来引くのかなぁお前は。だから目が離せなくてしかたないんだよ。聞かせる気のない独り言を漏らしてから、俺はそっと彼女の唇を堪能した。