「ヒュース、手合わせしない?」

 頼み口調のわりに「決してノーは許さない」という圧を感じさせる目の前の女は、名をナマエと言うらしい。初対面で俺が「玄界と馴れ合う気はない」と突っぱねたところ、一瞬悲しそうな顔をして−しかしすぐに普段の調子で、幼少期は近界民として星々を回ったが年数としては玄界にいる方が長いせいで、どちら側の人間とも言えないのだと、仮にも捕虜の俺相手に赤裸々に語ってみせた。その言葉には、明確に自分が「どちら側なのか」言い切れる俺やユウマに対する羨望が滲み出ていた。
 そんな彼女の手には俺の黒トリガー。何故、という問いかけはせずとも彼女が答えてくれた。

「基本的にこっち側のトリガーを使ってるんだけどさ。やっぱり時々黒トリガーの鍛錬もしたくなるんだよね」

 ユウマは制約で黒トリガーが使えない。迅の手に今風刃は無い。だから俺に頼みたいという事だった。前者の理由がなくとも、直接見た事のない俺のトリガーを見てみたいという興味もあったらしいが。

「俺がお前を殺して逃げるとか、そういうことは考えないのか」
「逃げたいなら此処を出る手伝うぐらいするけど、一人で旅するには過酷過ぎるよ」

 それは裏表のない、純粋な心配だった。彼女が幼少時代の話をしていなかったら、俺は此処まで動揺しなかっただろう。実の母を失い、弔う間も無く国から国へと逃げ進んできた女。物心ついた時には前線で剣を振るっていたとは思えない朗らかさを何故持てるのか、俺には理解が出来ない。ただ、疑うだけ無駄だと言うことだけは流石の俺も分かった。

「……許可は、」
「えっ」
「許可は取ったのかと聞いてる。無断で俺が黒トリガーを使う事でお前が罰せられても後味が悪いからな」
「心配してくれたの?ありがとう。取り出し自由な人間の一人だから問題ないよ」

 手渡されたのは黒トリガーと言う名の信頼だった。「いつか国に戻れた時に、ご主人様の力になりたいもんね」なんてまだ帰る目処も立っていないのに、彼女は俺自身以上に帰りつける事を信じていた。信じているというよりは、それが確定事項でもあるかのように言うものだから、いよいよ絆されてしまいそうになる。

「命を賭けて護りたい人がいるんだ。手加減は出来ないぞ」
「本気ってことは、対等に見てくれてるのでしょう?私はその方が嬉しいよ」

 部屋に入るとナマエは黒トリガーを起動させた。シンプルなデザインの二刀流。玄界の弧月よりもやや短いのは、その当時まだ彼女が幼く身体に合わせられたからだろうと、兄の過保護っぷりを笑っていた。

「10本勝負、そっちのトリガーのデータは取ってもいい?磁場操作興味あるの」
「捕虜に拒否権などないだろう」
「大丈夫、嫌なら私がさせないから」
「……好きに取ればいい」

 いつだったか、迅の奴が「ナマエにはどー足掻いても勝てないんだよなぁ」と言っていたのを思い出す。戦闘のことかと訊ねてユーマに笑われたのは中々に屈辱だった。二人曰く「人間性の問題」らしい。今日この数十分でその言葉を酷く痛感した。
 ちなみに10本勝負は3勝7敗で俺が負けた。戦闘だって強いじゃないか、この女。余計な事を考えている場合じゃないのに、暫くは面白そうだなんて考えている俺がいた。

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