眠たげな瞼はゆったりとした動作で、外を行き交う人々を眺めていた。私はすっかり冷めた抹茶ラテを含んでからパソコンへと直る。私のタイピング音と時折たん、たん、と足元を鳴らす彼の音、それからガラス越しの雑踏。それらをBGMに唐沢さんに頼まれた作業を進める。
 私はこの時間が割と好きだ。側から見れば学生のカフェデートにでも見えるだろうその実、1人は数々の未来を覗き見ては最善を選ぶべく思案し、もう1人はグレーゾーンギリギリの内容を取り扱っている。今私のパソコンが盗まれたら大手会社のいくつかは潰されるだろう。まるでボーダーの光と陰だな、なんて思った所で集中が切れた音がした。小さくため息を吐いてノートパソコンを閉じる。再びラテに口をつけようと視線を上げたら、外に向けられていた筈の彼の視線がこちらに向いていて肩が跳ねた。

「な、なに?もう行く?」
「いや、やっぱり一緒に居られるっていいなーと思ってただけだよ」
「は、」

 何を言ってるの。そう言葉を続けようとして、口を噤んだ。サラッと言われた言葉を反芻して、やはりため息が出た。私が何を言おうと何をしようと、迅に敵うわけがないのである。お手上げだとハンドサインしてみせると、にんまりと満足気に笑ってみせた。

「で、どうだった?変動なし?」
「ぽいねー、相手の狙いは本部っぽい」
「……ランク戦に支障は?」
「ランク戦は中止させない。その為に俺がいるんだから」





 話は遡る事数日前。
 アフトクラトルからの大規模侵攻の後処理も次第に落ち着き始めた頃。捕虜であるエネドラ改めエネドラッドが、近いうちに傘下の国から再び侵攻されると情報提供があった。それから間も無く、基地が襲撃に遭う未来が視えたと迅が言い、エネドラッドの言葉の信ぴょう性が増していく。それを聞いて真っ先に浮かんだのは、玉狛第二の子達。3人にとって、遠征参加の為にもランク戦中止は避けなければならない。

「私から何か未来はみえそう?」
「トリオン兵相手に黒トリガー使って大暴れ」
「じゃあ主戦力は基地内で戦闘中かなぁ」
「かもね。狙いが分かればもうちょい絞れるから、基地内と、一応時間作って街の方も視ないとだな」

 そう言った迅は己の未来が慌ただしいものになると思ったのだろう。未来視で先行体験したのか、何もしてないのに既に疲労がみえる。対策会議まで猶予はない。情報収集に割ける彼の時間は有限だ。

「じゃあ迅の夜の防衛シフト幾つか貰うよ。あと街中行く時作業がてらついてく。それでいい?」
「ナマエは1から100を理解してくれるから助かるよ……」

 夜が空けば迅は視回ることに時間に割けるし、カフェに長居するならば、1人外を眺めるだけよりも私のように作業をしている方が、長居しても多少居心地もマシになるというものだ。そんなやり取りを経て数日、現在に至るのだが。





「結局また私だけ仲間はずれかぁ」
「逆逆、ナマエが最前線で敵の兵力を削ってくれるから基地に人員割けるんだよ」
「白兵戦特化の人間で悲しいよ私は」

 間接的にでも迅やみんなに貢献出来ている事実に変わりはないのは分かっている。けれど、やはり彼に直接的に貢献したかったと思うのは、欲の出し過ぎなのだろうか。閉じたノートパソコンに左頬をぺたんとくっつけて、90度傾いた外の世界を眺めた。私の心中をどう思っているかは分からないが、迅は相変わらずご機嫌な様子で私の流れた髪先を指で絡め取って遊んでいる。

「いやーでもお相手サマサマだね」
「何がよ」
「こうしてナマエと居る時間作る言い訳をくれたんだから」

 いつもならこんな申し出してくれないだろ?なんて無防備な右耳のそばで囁かれて、私は咄嗟に耳を塞いだ。ケラケラ笑う声をうっすら捉えて、あーホント敵わないな。なんて優しい空気に浸るように、私はそっと目を閉じた。

さざなみの群青を捕える

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