「やっと来たかよナマエ」
「あらナマエちゃんじゃない、いらっしゃい」
「こんにちは、2人空いてます?」
「オメーの席は予約済みだ、あそこ座れ」

 カゲくんがヘラで指した先には予想外の面子が既に座っていた。1人は視線だけ寄越して咀嚼をやめず、もう1人は律儀に席から中腰になり「こっちだ」と私と遊真くんをて招いた。多忙な2人が本部以外で揃うとは珍しいものを見た気になる。唖然としていた私の手を引いて4人卓まで誘うと、遊真くんは迅の隣に座ったので、必然、私は嵐山の隣の席となる。腰を落ち着けたタイミングを見計らってメニューを渡してくれる所作すらスムーズな嵐山は、流石ボーダーの顔である。

「2人は何食べたの?」
「とりあえず豚玉を半分ずつ食べただけだ。久々に一緒の卓を囲むんだ、ナマエたちが来る前に満腹になっても勿体無いからな」
「嵐山言葉選びが上手いねぇ」

 メニューを上から下へ、また上へ。魅力的なメニューから、お腹に入る分だけ選ばなくてはならないからつい悩んでしまう。唸っていると手伝い中の筈のカゲくんが一言「つめろ」と私の隣に浅く腰掛けた。持参したボウルを鉄板の上に乗せて、慣れた手つきで刻んでいく。思わず見惚れてしまうほどに、心地良いテンポで2本のヘラはステップを踏んでいた。

「ボウルの隣のジョッキ、中身レモンソーダ。ババアがお前にってよ」
「え、そんな悪いよ」
「試作品だから試飲してほしーんだと。気にすんな」

 そういえば以前スーパーでカゲくんのお母さんに会った時、一体何処で聞きつけたのか、私が得意なレモン漬けのこと訊かれたな……と思い出して、それがこれに繋がったのか、と1人合点がいく。せっかくなのでみんなで飲み回して感想を伝えた方が良いだろう。私は卓のみんなに提案すると遊真くんが興味深々にジョッキグラスを覗いている。

「最初は遊真くんからかな?」
「ナマエは絶対ジョッキ持ち上げないで、ひっくり返す未来が視えた」
「じゃあ遊真くんセルフでお願いしようかな」
「うん、その次は迅さんが飲んで、嵐山さん、ナマエさんの順番ならいーかな?」
「遊真ごめんな、それでよろしく」

 かげうらに来てからずっと咀嚼していた迅がようやく話したと思えば、それっきり目も合わせようとしてくれない。怒らせるような事をした記憶もないし、気まずく思わせる出来事は私と迅の間には何も起きてない筈だ。答えが出そうで出ないもどかしい所に、切り分けられたお好み焼きが私と嵐山に差し出される。

「もち明太、食えたよな?」
「てっきりカゲくん自分の分焼いてると思ってた」
「ナマエテメーメニュー決めるまでなげーんだよ。おら、オメーも食え」
「オレ自分で焼きたいから迅さんにパス、カゲ先輩、豚玉ひとつ!」
「他はテキトーに見繕って持ってくりゃいいか」
「カゲ先輩ありがと、それでお願いします」

 カゲくんは相当遊真くんのことを気に入っていると、話には聞いていたけどこれは思っていた以上だ。曰く、戦っていて新鮮なのだという。私にも共通するものがあるらしいが、恐らく近界で戦争を経験した者の戦い方が彼のサイドエフェクトと良い意味で噛み合わないのだろう。感情受信体質の彼は、私たちとの戦いには退屈を感じないらしい。特に遊真くんは似た戦闘スタイルだし、張り合いがあるのだろう。
 遊真くんが近界民という事を隠しているとはいえ、ここまで馴染んでしまうとは思わなかった。彼の周りにはいつも誰かが居る。私と同じようで違う、独りで戦いの中を生き抜いてきた男の子。レプリカ先生がいたから生きてこれたというのもあるだろうけれど、彼の姿が無い今の彼は変わらず玄界の1ピースとして存在していた。私は咀嚼しながら考える。私と彼の違いは何だろう。どうしたら私も彼のように振る舞えるだろうか。……根本の部分が違うから考えるだけ無駄か。

「ナマエ、レモンソーダ香りもいい。飲んでみなよ」
「え?ああ、じゃあ私も貰おうかな」
「……美味しいものに囲まれてる時くらい、そんな難しい顔をするな、勿体無いぞ」
「嵐山……そんな酷い顔してた?私」
「まぁ、心配になる程度には、な」

 それでも普段みたいに言及しないのはきっと迅の入れ知恵だろう。心の中で感謝しながら、私は慣れ親しんだ味とは少し違うレモンを感じるレモンソーダを、口に含んで舌で転がす。

「おら、次豚玉焼ける。皿空けろ」
「え?何?今日私に焼かせてくれないの?」
「そんな包帯まみれの手にヘラ持たせらんねーだろ。後で保護者2人に俺が言われたらウゼェからな」

 思わずジョッキにさしたストローを取り落とした。隣のカゲくんからゆっくりと視線を向かい席へと動かす。迅も遊真くんも全く視線を合わせようとしない。え、そんなに心配させてたの?答えを求めるように、そのまま嵐山を見ると夥しい量の汗をかいている。流石、嘘をつけないイケメン。
 再びカゲくんの方を向くと、トレードマークのマスクを顎にずり下げて此方にニヒルな笑いを向けていた。

「オメェ、こんだけされたら流石に心配されてるって自覚、持ったかよ?アァ゛?」
「嘘、」

 嘘じゃねーよ、と面倒くさそうな顔で私の前から掻っ攫ったレモンソーダをジョッキから直飲みする。その様はヤケ酒のようだった。

「ナマエ」
「……?なあに、嵐山」
「ここに居る奴だけじゃないぞ。ボーダーの皆がお前に救われてるし、気にかけてる。だから、些細な事でも話してくれ。仲間だろう?」

 縋るように何度も迅に言われてきた言葉。耳慣れたことなのに、迅以外の人に言われて初めて実感をもつ。ましてや多忙な嵐山が駆けつけ、優しい人とはいえお節介を好むタイプではないカゲくんさえもこの場に居てくれる。小さく震える声で「嘘じゃない?」と訊けば、遊真くんはニンマリと笑って嘘じゃないよと背中を押してくれる。迅は果たして、どこまで未来が見えていたのだろう。私なんかのためにこんなにも時間を割いてくれたことが嬉しい。絶対口にしてやらないけれど。
 溢れた涙は一瞬で咲いた笑顔で弾けて消えていった。

蘇生する夜

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