「……レギー?もしかしてレギーなの?」

 すっかり日が落ちてしまった市街地だったけれど、街中はまだまだ明るく賑わいを見せていた。私が三門に辿り着いたばかりの頃は、その異様さに酷く怯えていたと、林藤さんに教えられたっけ。私自身は覚えてないけれど、近界にはこんな発達した技術は存在しない。全てはトリオンで回っていて、自家発電なんて言葉は存在しない。
 緩く吹いたビル風がスカートの裾を揺らす。ストールを持ってきて正解だった。日が落ちただけでこんなにも冷え込むなんて思わなかった。
 揺れているのは慣れない耳飾りも同じで、名前を呼ばれ、私を視界に捉えた彼は耳飾りと私の顔を何度も見比べては、驚きのあまり音にこそならないが口の動きだけで衝撃を受けていることだけは伝わってきた。レギーの隣には二度目ましての姿。ガトおじさんが目の前でベイルアウトする刹那、彼もまたその場から離脱していった。名前は確か、ラタと呼ばれていたと報告を受けたはず。予想外にも先にこちらへと歩み寄って来たのはレギーではなく、ラタとよばれる青年だった。大人びて見えるが、私よりは歳下かな。

「ナマエさん、ナマエさんですか?」
「ごめんなさい……私貴方の記憶は二度目ましてなのだけど、確かに私は苗字ナマエです。過去に父と兄、三人でガロプラの皆さんにはお世話になりました」
「お前、他の2人は?まさか………」
「……そっか。レギー、兄と仲良くしてくれてたもんね」

 そっと差し出した黒トリガーに言葉は無くとも察してくれたらしい。少年2人は目を見開いた後に、視線を落としてそうか……ともらした。

「やーやーお二人さん、ぼんち揚げ、食う?」
「ねぇ迅、空気もうちょっと読んでくれない?」

 困り眉で訴えたがどうやら聞く気はないようだ。一瞬構えたレギー達に「私の味方だよ」と言えば、暫し見合った後に少しだけ緊張を解いてくれた。ほっとしながらふと周りを見回してみたが、迅の言った通り、ガトおじさんは居ないようだった。ちょっと残念。
 改めて私から彼ら、迅や林藤さんに戦う意思は無いこと、万が一衝突が起こりかけたら容赦なく私が何方も切ることを伝えると、何故かすんなり納得してくれた様子で一緒に市街地から移動する提案を飲んでくれた。





 移動の最中も、2人の視線は彼方此方に向けられていた。そりゃ近界民からすれば夜もこんなに明るいなんてあり得ないし、夜も明るい事で良いことなんて殆どない。戦争と常に隣り合わせの世界。光があるということは、そこに人々がいるという事を大っぴらにしている事になる。光は心の安寧を呼ぶが、一方で死を招く事も珍しい事ではない。

「近界からこっちにきて驚いたでしょ。私も最初はちょっと怖かった」
「でも玄界ではこれがフツーなんだろ?」
「生活にトリオンなんて必要ないからね。トリオンを詳しく知ってるのは界境防衛機関の人間だけ」
「へぇー……」

 私の言葉を聞いて再び視線を夜光に向けたレギーは、どこか悩んでいるような、惑うようなそんな様子だったが、決して言葉にすることは無かった。





 その後始まった話し合いそのものには、迅に「入らないで欲しい」とあらかじめ言われていたので、声は届かない、でも姿は認識できる距離から皆のやり取りをぼんやりと眺めていた。耳飾りが再び夜風に揺れて、ガロプラにのみ生息していると云う木の香りがする。大変貴重な品だというのに、いつか再会出来た時の目印、或いは私に何かあった時の道標になるようにと当時の王妃様から授かったものだった。幼いながらに受け取ってはいけないと悟った私。一度は辞退したけれど、父と兄と三人の功績を考えれば足りないくらいだと言われ危うく頭を下げられてしまいそうだったので、半ば折れる形で丁重に受け取った。
 アフトクラトルの軌道を考えると、ガロプラが侵攻されたのは私たち家族が離れてそう間もないことだったのだろう。肝心な時に居られなかった自分にひどく腹が立った。けれど、もしかしたら今後協力関係を築けたら。ガロプラを救う事も出来るかもしれない。まあ淡い期待でしかないのだけれど。だって今私が守るべきなのはこの場所「三門」なのだから。

ふと視界で捉えていた迅が勢いよく立ち上がり、遠目ながらも焦っているのが分かった。駆け寄るか迷っている間も無く、名を呼ばれて駆け寄った。迅とラタ両名は何か約束をしているらしい。その約束の一つに、私にまつわる内容があったという。迅の表情は雄弁に語っていた。「拒否してほしい」と。けれど、出てくるのは噛み合わない言葉。私は通信手段用として持っていた訓練用トリガーを迅に託して、レギー達と共にその場を去った。明日また会える未来が見えてるくせに、迅は最後まで仏頂面で、なんだか笑ってしまった。





「ナマエ!久しいな、息災で何よりだ」

 連れて来られたのは彼等の遠征艇だった。本来なら黒トリガーも迅に渡すよう言うべきだったのに、私はこの場を荒らすような事はしないと信頼してくれたようだった。寧ろガトおじさん含め、既知の仲だった皆に兄であった黒トリガーを見せてやって欲しい。それがガロプラ側の要望だった。

「ガトおじさんが目の前で分断されたの見た時、血の気引いたよ……脱出機能が付いてるってすぐ分かって安心したけど」
「すまんなぁ。お生憎様、ピンピンしてるぞ」

 そう言って私をひょいと持ち上げてみせたガトおじさんを見て、遠征隊のメンバーは目だけで「セクハラだ」と訴えていたが、幸いガトおじさんからは見えていない。苦笑気味に私は「もう子どもじゃないのよ私」とだけ伝えた。

「……ナマエ、お前だけでもアフトの毒牙にかからなくて良かったよ。アイツらが来たのは殆ど入れ違いだったんだ」
「そう、だったの……ごめんなさい、あと半日でも残ってたら尽力出来たかもしれないのに」
「こうして巡り巡って再会出来ただけ良しとしてくれ。お前だけでも生きててくれて俺達は嬉しく思うぞ。本国への土産話が出来た」

 からからと笑うガトおじさん達をみて胸がぎゅっと締め付けられた。近界じゃそう珍しくない事の筈なのに、知っている人達が渦中に居るというだけで気持ちは陰った。しかし憐んではいけない。彼等は戦士として最善を選び、今この瞬間も戦っているのだから。
 黒トリガーは確かに兄から形成された。けれど、決してそこに魂が宿っているわけでもない。それでも皆一人一人手にしては目を瞑って黙り込んでいる。きっと何か語りかけているのだろう。

「そーいえばまだ持ってたんだ、それ」

 レギーが指したそれ、とは、迅に付けていくよう指定された耳飾りの事だ。隠す事でもないので、実は父の死以来見ることすら出来ていなかったこと、今回会う時にこの耳飾りが必要だと"未来視"が言っていたこと、包み隠さず全て話した。皆が目を丸くする中で、ラタだけがなるほど、と訳知り顔で微笑んでいた。

「懐かしい香りに思わず戦意が削がれた訳ですね、参りました」
「うわー、これもうマジもんじゃんかよ、未来視」
「レギーは相変わらずすぐ人の評価づけするよねぇ。疑いすぎも良くないけど、鵜呑みにしすぎも駄目だよ」
「ナマエ貴方今玄界の味方なのにそんなこと言って良いの?」
「今現在に於いては私は中立の立場だから良いのよ、ウェン」

 私を咎めたウェンに私は正直に思っている事を伝えた。迅がもしガロプラ……彼等を使い捨ての如く利用するならば私は迷いなくガロプラ側につくだろう。でも彼はそんなことをしない人だと知っている。だから何方かに肩入れする事もなく、中立で居られるのだ。きっとその辺りも読んだ上で私を行かせたのだろう。……もちろん、理屈と本心は別として。

どこにもいけない神様は

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