「どうしたんだ?迅。そんな顔して」
「………別に。」
「迅はアイツのことだけは本当に嘘が下手だな」
からからと笑うシルエットが何処かそっくりな、けれども性格も好みも界境防衛機関で与えられている役割も、何もかもが全く違うこの嵐山潤という男は、唐突に呼び出しては犬の散歩に俺を連れ出す。もう随分と長い習慣で、これは嵐山なりの気遣いだと知っている。だから予知で避けるような事はしない。……したところで支部まで乗り込んでくるのがコイツなのだ。
「……ガロプラとの戦いのことか?」
「最善を選んだ結果だし、納得はしてるよ」
「納得は、か……悩ましいな、お前は本当に」
朝の散歩を済ませた嵐山は、一度自室へ戻り鞄を引っ掴んで戻ってくる。今日は2人揃って機密会議だ。珍しく今回ナマエに声はかかってないらしい。いつもなら来なくても再三声がかかるというのに。
ふと隣の嵐山が眉を顰めて困り顔で此方を見ていた。ナマエのことで引っ掛かっているのは確かだけれど、俺ももう成人手前、多少の割り切りは出来るのだ。
「お前じゃなくて、ナマエはどうかな」
「ナマエが?」
「お前が割り切って行動していると分かっていても、やはり本心は直接言葉で聞きたいんじゃないか?お前は何を割り切ったんだ?本当はどうしたかったんだ?」
僅かばかり悪戯好きの表情を見せた嵐山は、その場に立ち尽くす俺を置いて、いつの間にか到着していた会議室の中へと入っていく。思考が再開した頃には、はよせいと鬼怒田さんに怒られた。もー、今日は一段とみんなが俺に優しくない。
ナマエを敵側に目視させるか否かで未来の分岐が存在した。少しでも今後の同盟を確固たるものにするならば、絶対に必要な邂逅だった。けれど、ナマエにとってはかなりの精神的ストレスを与えてしまっただろう。すぐに冬島さん達がフォローに入ってくれたけれど、きっと俺1人では無理だっただろう。
「そんなくだらない事で管を巻いてたのか、会議中に、上の空かと思えば」
「風間さんも優しくないね」
「お前は優しくされたいってタチじゃないだろう。それとアイツはお前が過保護にならなくてもきちんと立っていられる。苗字なりの強さを持ってるだろう」
その強さが身を焦がしそうで怖いんですよぉと机にへばりつけば、救いようがないな、と盛大な溜め息と共に先ほど手渡されたばかりの紙束が視界の端に置かれた。何度読み返しても題名は変わらない紙切れにとことんうんざりしてしまう。
それはガロプラとの同盟が締結された直後のラタとの会話が発端だった。経緯はさておき、どうもナマエの出身国が近々三門にやってくるらしい。理由は勿論、ナマエの捕縛と拉致だ。
ナマエの母国は本来、膨大なトリオン量を持つ、ナマエの母の姉である伯母が星の子……つまりは新しい贄となり国を保つ筈だった。しかし伯母はナマエも国も肉親さえも、裏切り騙したのだ。贄には妹を差し出し、真実を知るナマエ達家族を殺そうと目論んだ。
ガロプラ襲撃前にいよいよすり替わりがバレた伯母は、ナマエを連れ帰らなければ死罪を免れない。そんな窮地に立たされていた。結局は三門の地で命尽きてしまったわけだが。
「つまり、新しい"星の子"とやらにナマエを据え置きたい訳だ、向こうさんは」
「まーそーいうことになるかな。だから暫くの間は冬島隊との混成部隊で任務につかせてほしーんだよね」
「ナマエの奴を一人にしない為かァ?」
「なんせ相手の情報がまるで無いからね」
会議に不在だったが話は通しておきたい面々に向かって静かに頷く。夜のシフトが多いナマエは、同時刻に任務につくメンバーも限られている。取り急ぎ混成部隊を頼みたい冬島さんと、別エリアにいる事が多い諏訪さんにだけ話を通した。
太刀川さんは……その時になったら伝えるべきだろう。変な所で口が軽いのが太刀川慶という男なのだ。
「折角だからオレの隊にも寄越せ、アタッカーの良い見本が欲しかったンだよ」
「ナマエ夜は基本黒トリガーだから参考になるかなぁ」
「ナマエは言えば笹森に合わせてくれるだろ?」
「あ、東さん……と、ナマエ?」
東さんの背からひょっこりと現れたナマエは、僅かに目を輝かせている。思わず目を丸くしてそんな彼女をじぃっと見ていた。後輩との手合わせをしてるところは幾度も見たけれど、改めて振り返ると、そもそも"誰かと戦う"という事が珍しかったと気づく。
常に最前線で白兵戦を担う彼女は、滅多な事ではアタッカーとの共闘はしない。先日のガロプラ戦にてスナイパーの元に駆けつけた際も、入れ違いだったとレイジさんあたりが言っていた気がする。
「私、笹森くんのお手本なんか出来ない……」
「固く考えずに、同じトリガーで戦ってみせてあげたらいいんじゃないか?臨機応変はナマエの得意分野だろう?」
「確かに……諏訪さんっ笹森くんのトリガーデータ、雷蔵さんに送っておいてくださいっ!混成部隊の日にトリガー持っていくので!」
一応黒トリガーも忘れンなよ〜と諏訪さんにわしゃわしゃとかき混ぜられたナマエは、困り顔のくせに何処か嬉しそうで、幼なげにみえた。
そこでふと、普段後輩に囲まれがちな彼女だが、今この場では俺含めて最年少なのかと1人ごちる。近界の戦地に年齢は関係無い。ずっと対等であること、大人であることを強いられてきた彼女は、三門に来てからも己を律するかのようにそう言い聞かせていた。その呪縛が解けだしたのは、きっと遊真とヒュースの存在が大きいだろう。
「……やっとこっちに染まってきたカンジ?」
「ん?迅、なにかいったー?」
「んー?んー……自販機行くけど何飲む?」
このやり取りだけで奢って貰えると察したのか、にぱっと笑みを浮かべてドア寄りの俺のそばに駆け寄ってくる。彼女越しに見えるのは、からかいもおふざけもない、真剣な眼差し。
ナマエが戻らない事で、彼女の母国がどうなるかなんて分かりきっている。それでも俺たちは選ばなければならない。それはどちらを選んでも残酷な選択でしかなかった。
一つの国を見捨てるのか。
彼女という存在を手放すのか。
悩んだ所で答えなどとうに決まりきっているのだけれど、くすぶる罪悪感が消える事はない。人間である為に、消えてはいけないのだと強く言い聞かせた。