「ナマエさんと一緒に任務なのは、オレこの日だけだよ」
「じゃ、おおよそ日取りは絞れたってワケか」
ぷか、と緊張感のない煙が宙を漂う。いつもなら子どもたちの前ではあまり吸わない林藤さんが煙草をやめないとは、態度には出さずとも気掛かりではあるのだろう。なんせ伝えた未来視の内容が厄介すぎた。
「普段なら遊真に夜シフトはない。が、この日は人不足で特例で……ってことだったな」
「うん。だからオサムもチカも、ヒュースもいないね」
「よりによってこの日ってのが、ある意味持ってるよなぁ、ナマエ」
思わずぱしりと目元を手で覆う。動ける駒が少ない時に限って、どうしてアイツは厄介事に遭うのだろうか。いや、相手も相当こちらをリサーチしている証拠なのかもしれない。ふと啄むように掴まれた服の先を辿る。遊真は此方をじっと見つめていた。思わず視えた未来に、は、と息が漏れる。
「遊真お前、それ本気なの?」
「ナマエさんがかかってるならみんなに掛け合う価値はあるんでない?」
ニンマリと笑う遊真は、確信に満ちた表情で俺に問う。うーん、城戸さんを頷かせるのは少々骨が折れそうだけれど、そこは林藤さんが上手くやってくれるだろうか。
「はい、十本終わり。やっぱり良い動きするね笹森くん」
「あっ、ありがとうございます!」
「あんま褒め過ぎてチョーシづかせんなよォ」
「諏訪さんが言わない分言ってあげてるんですよ〜」
夜シフトを控えている日は本部にいることが増えた。狙われている身であちこち歩き回るのは、迅の未来視に負担がかかるだろうと、私なりの配慮だ。それに急襲を外で受けるよりもよっぽど安全だし、楽で良い。いつものトリガー二つをポケットの中で手遊びしながら諏訪隊の部屋を後にした。最近は時間があれば笹森くんとの十本勝負が日課になりつつある。良いアタッカーが育てばスナイパー達後衛が活きる。私は軽い足取りで唐沢さんの執務室に向かう。
「今日もやってきたのかい?」
「初めて一本取られちゃいました。感動」
「ほう、ナマエ君から?それはそれは」
「……私もいつまでこうしてられるかなぁ」
「君はまだ当分現役だろう?」
「どうかなぁ、未来は分からないから」
君は変わらないな、と息を吐くように溢した唐沢さんに、次の仕事の話をして早々に部屋を後にする。両手をポケットに入れて、トリガーが2つ、確かにそこにある事を確認する。ひとつはギュッと握りしめて、もうひとつはそっと撫でるだけ。背負っていた筈のリュックが一瞬で消えたことで、見る人が見ればトリオン体になったのだと分かるだろう。
「(今日の拠点までならすぐ現着出来るよね)」
界境防衛機関の建物の屋上から方角を確認して、ぐぐ、と足に力を込める。この距離なら一足飛びであっという間につけるから、改めて便利なサイドエフェクトである。足が地を離れ、空を舞う。もう引き返すことは出来ない。
「……遊真くん?なんで此処に」
「人不足だから夜も起きてるってコトで呼ばれマシタ」
「でも遊真くん……」
「あ、ちゃんと保護者もいるので」
「こんばんは〜超エリート保護者でーす」
「迅?!!今日は別地点の任務じゃ、」
「いやぁ林藤支部長がさぁ?本部に遊真レンタルの条件にオレとセットって出しちゃったらしくて。俺の所は補填済みだから安心してよ」
明らかな配置のアンバランスさに、流石の私でも理解した。今日が「その日」なのかと。直近だろうとは思っていたけれど、いざその日を迎えるとなんともいえない気持ちになる。
私は今から故郷の民を殺すのか。
ふと触れられた手に視線を向けると、遊真くんの綺麗な白髪が夜風に揺られながら、視線は真っ直ぐに向けられていた。
「大丈夫だよ、って多分サイドエフェクトが言ってる」
「俺の台詞取るなよ遊真〜……」
ばりぼりとぼんち揚を食べる迅と、駆け寄って一枚だけ!とたかる遊真くんの緊張感のなさに、思わず笑ってしまう。そうだ、忘れかけていた。
私はナマエ、この三門と地球を守るべく戦う、界境防衛機関のいち戦闘員だ。
一瞬にして出現した大量の門に向ける剣の切っ先に迷いはもう、無い。
「終わりにしましょう、何もかも」
数日前に遡る。迅と遊真、そして林藤支部長は界境防衛機関本部のとある執務室へと足を運んでいた。勿論ナマエを死守すべく、一番敵の動向が読める最前線に迅を配置してもらう為の準備のためだ。普段であればナマエと迅は一人で一部隊扱いなので同じ場所の配置につくことはない。しかし今回は事態が異例だ。"本人"も事情を知れば、快く受けてくれるだろう。そうなれば城戸さんを頷かせるのは容易くなる。最終手段は唐沢さんの一押しだけど、そこまで不要だろうと踏んでいた。それだけ城戸さんにとっても、ナマエの存在価値は大きいのだ。
「こんにちはー忍田さん。時間大丈夫でした?」
「迅も来たのか、それに遊真くんも。事前にアポは林藤さんから貰ってたからな。茶菓子がある。よかったらどうぞ」
「あれ?迅じゃないか!」
「嵐山サンだ」
「今さっき打ち合わせが終わって、俺も丁度いただいてたんだ。迅、この茶葉、」
「あーもー言わなくて良いって……どーせナマエの差し入れだろ、で、忍田さんにもお裾分けした」
不貞腐れた声色で返せば悪戯が成功したのが嬉しいのか、嵐山は満面の笑みで退室していった。メーカーを見れば分かる。忍田さんは基本本部支給のコーヒーで、わざわざここの茶葉を、ましてや缶で買うことなんてしない。つまむように持ち上げてみせると、忍田さんもまた、嵐山のように笑ってみせた。
「ってコトで、出来れば俺はナマエと同じ配置につきたいんだよね。で、その穴埋めなんだけど……」
「嵐山隊や他の隊は既に出払っている。つまり、私自身に出てほしいと、そういうことか?」
「無茶を言ってるのは承知の上で、それでもこの日だけは何とか凌ぎたいんだよね」
「ナマエの損失は甚大だからな。未来視で見えた敵の数もそこまでじゃないなら、引き受けよう」
ナマエには絶対に言えんな、と笑ってみせる忍田さんに、その場の全員が頷く。知ったその日には申し訳なさで萎れるのが、容易に予想ができた。この後城戸さんからはあっさり了承を取れたものの、「あのやんちゃぼうずめ……」といつか聞いたような言葉を漏らしていたとか。